第8話 転移(宮中第二門騎兵副隊長)1

その日、宮中第二門騎兵副隊長であるエドウィンは門騎兵専用鍛練場にいた。


天候に左右されないように室内に作られた鍛練場は、筋骨隆々の男達が組んずほぐれずしても十分なスペースがある。歴史あるとは名ばかりの石壁に土床の鍛練場は、使用者達が丹念に手入れしている為、古びてはいるが清潔だ。


大きな開閉式の天窓があり、本日はそれが全開になっている為、初夏の爽やかな風と陽射しが鍛練場を照らしていた。だが、そんな初夏の爽やかな雰囲気は、鍛錬する男達の汗と熱気で塗り潰されていた。


二メートルを超える巨漢達が二人一組で組み合い、別の所ではハルバードと長剣を持った男達が打ち合っている。その誰もが殺気のような気迫を放っており、まるで戦場の再現のようだった。部屋の隅では、まだ十代前半と思わしき少年達が二十人程座り、目の前で繰り広げられる訓練とは思えない気迫に溢れた鍛錬に気圧されていた。


「終わり!短間隔に整頓せよ」


男達の熱気によって外気との差が10度位ありそうな室内でも、エドウィンは門騎兵の制服をかっちりと着ている。その詰襟すらも緩める事なく、汗もかいていない。部下達を睥睨していた彼は、傍らの台の上に置いていた砂時計の砂が落ちきった事を確認すると、鋭い声で号令を発した。彼の低い声が響いた瞬間、鍛練場にいた隊員達は刃や拳を収めて素早くエドウィンの前に整列する。


「状態」

「門盾五名、事故なし異常なし!」

「門騎三名、事故なし異常なし!」

「報告」

「門盾なし!」

「門騎より破損1!訓練用ハルバード少破損!」


比喩ではなく、僅か数秒で一糸乱れぬ隊列を作った隊員達。エドウィンの簡潔な号令に対して、間髪を入れずに答える様は、まるで短距離で行われる豪速球のぶつけ合いのようだ。


「本日の基礎訓練は終了。爾後の行動に支障がない程度に、各自自由にしろ。以上、解散」

「「はっ!」」


エドウィンが終わりの号令を下すと、キビキビと動いていた隊員達は体の力を抜き、ある者は柔軟体操をし、ある者は地面に倒れ込み、思い思いの様子で体を休めていた。それを確認したエドウィンは、体の向きを変えて部屋の隅にいる少年達に向き合った。


「これで吾ら宮中第二門騎兵隊の基礎訓練は終わりだ。つまり、諸君と吾らの一日も、幸いな事にもうすぐ終わりという事だな。何か質問はあるか?これが最後だ」

「はい」

「許す」


エドウィンの問いかけに手を上げた少年は、立ち上がって口を開く。


「本日、見せて頂いた手合わせを、入隊後の私達も行なわせて頂けるのでしょうか?」

「そうだ。隊に入ったからには、貴公らは隊員として扱われる。新人や見習いという甘ったれた制度はない、入った時点で一定の基準を満たしていると判断する。同じ任務、同じ訓練、同じ身分で働いてもらう」


その言葉を聞き少年達の殆どは顔色を青くするが、その中の数人は当然と言った表情で頷いていた。その中には手を上げた少年も入っている。エドウィンはその眉を欠片とも動かさずに、目の前の少年達を見回して口を開く。


「他に質問が無いようだな。それでは、本日の朝から続いた見物を終わらせよう。この部屋の掃除を終わらせた者から順に帰宅して良し」


その言葉と同時に、少年達は掃除道具が入った道具箱に向かって走り出した。彼等を見やったエドウィンに近づく赤髪の青年が一人いた。


「お疲れ様です。副隊長」

「本日は誠に厄介な日だった」

「まあまあ、学園の子供達は将来の同僚候補ですよ。そんな彼等に、実際の職場を実体験させてみるのは無駄ではないですよ。職場体験でしたっけ?陛下も面白い事をお考えになる」

「只の物見遊山だ。あの中の何人が、本気で戦職に就く事を考えているのか疑問だな」

「それでも、何人かは見どころのある奴がいたでしょう?」

「貴公の弟か?良い目をしていたな」

「ありがとうございます」


横に立った赤髪の青年は、エドウィンの言葉に嬉しそうに頭を下げる。どうやら、手を上げて質問をしていた少年は彼の弟だったようだ。


「何人かは見所があったが、大多数は金の君が目当てだ」

「確かに接する機会は多いですが、しょせん門番の門騎兵にも子息を差し向けるとは。貴族の方々はご熱心ですね」

「お前も吾も人の事は言えない身分だろ」

「はっはっはっ、大粛清で一族郎党死に絶えましたからねぇ。ほぼ、お家断絶した身からしたら、遠い日の事ですよ」


とんでもなく重たい事を笑いながら話す赤髪の青年だが、エドウィンは特に気にする様子もなく制服の内ポケットから噛み煙草を取り出し、口の中に放り込む。


「そうだな。お前も吾も、あの日々は遠い日の彼方だ」


煙草の葉とハーブ、木の実等を組み合わせた上等な煙草を噛むエドウィンの表情は、特に変わった所がなくいつも通りのポーカーフェイスだ。だが、その様子を見ていた赤髪の青年は、「おやっ」とわざとらしく呟きながら上司の顔を覗き込んだ。


「おやおや?副隊長殿はもしやご機嫌斜めですかな?」

「何だ、その話し方は」

「厄介そうな雰囲気なので、フレンドリーさを演出してみました」

「そうか」


二度三度口を動かして噛み煙草を味わったエドウィンは、懐から出したチリ紙に煙草の残骸等を吐き、それを器用に部屋の隅に置かれたゴミ箱へ投げ捨てる。ノールックの投擲に、これまたわざとらしく拍手して歓声を上げる赤髪の青年だったが、エドウィンは構う事なくその重い口を開いた。


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