救いの金翼族
春子
第1話 プロローグ
死んだ母は逞しい女性だった。
今どき珍しくもないシングルマザーであった彼女は、看護師として男顔負けの仕事量をこなし、下手な会社員よりも多い給料を稼いでいた。そのおかげで、俺は金銭的な面で不具合を感じた事は一切ない。そりゃ、新しいゲーム機が欲しいとか、不要な物をむやみやたらに欲しがるとかそういう事は許されなかったが、それは躾の範囲であり誕生日やクリスマスには欲しい物を買ってもらった。
そんな母は、極端なオカルト嫌いだった。
それは過剰な程で神仏霊西洋問わず、非現実的非科学的な物を嫌った。オカルトは詐欺師が心の弱い人を騙す為に生み出した物という事が母の持論だった。テレビでそのような特集をやっていたら、俺の教育に悪いとチャンネルを変えてしまう程だった。
母のこの傾向は、母側の祖母が関係しているらしい。絶縁しているもののいつか迷惑が掛かるだろうと母が話してくれた祖母は、所謂カルト教信者だそうだ。教主に言われるまま金を渡し、最後には保険や母の教育資金さえも渡し、自ら水商売に身を落とし母にもそれを勧めてくるという正に人間は此処まで落ちるのかという有様になっていた。そんな祖母を見限った母が自ら警察に逃げ込んで保護され、ついでに教団達の音声を提出し母と同じ立場で仕事をさせられている少女達を助け出す事ができたという話を聞いて、母らしい話だと感心した。
その後、父と結婚して幸せな結婚生活を営んだが、まだ20代の父は若くして脳溢血で天に昇ってしまった。とんでもない話だが、病院で泣きはらす母に何処から入って来たか分からない中年女性が近づき、母に同情する振りをしながら宗教の勧誘をやらかしたらしい。よく聞く、「貴方の不幸は信心が足りないから、旦那さんはそのせいで死に今は地獄で苦しんでいる。信心しないと旦那さんは更に苦しみ続ける」という遺族に対して不敬とか非常識どころじゃないとんでもない奴だ。
それを聞いた瞬間、母は横にいた俺に「目を瞑んなさい!」と告げ、俺がしゃがみながら目を両手で覆った事を確認した瞬間、その宗教勧誘ババアの眉間に掌底をブチかまし、よろけたババアの頬にほぼ真上からの平手打ちをたたみかけた。
これが決定打となり、母のオカルト嫌いは揺るがない物となる。そんな母であるが、一度だけ不思議な実体験を離してくれた。それは、母が小学6年生の頃の話だった。
骨董市で母は古い鏡を手に入れた。この時の祖母はまだ正常で、鏡に一目惚れした母のおねだりに苦笑しながら買ってくれたらしい。その鏡はとても美しく、銀色の取っ手の手鏡で鏡面の周りには蔦が巻き付き、小鳥たちが戯れると言ういかにも少女が好きそうな意匠が施されていた。買ってもらった日から、母は朝の身支度から夜の歯磨きまで、いつも持ち歩き大切にしていた。そんなある日、母は鏡に映っているのが自分ではなく美しい少女である事に気が付いた。金の瞳に金の髪、白い肌にピンク色の唇して白いドレスを身に纏った少女は、絵にかいたようなお姫様だったらしい。鏡の少女も母に気が付き、それを切っ掛けに母と少女は親友となった。
その話を聞いたのは幾つの時だっただろうか?俺は華を見つめながら考えていた。
今日で母の四十九日を終えた。母はもうこの世界に居らず、お盆に帰って来るのみだ。突然だった。前の晩に頭が痛いと言いながら布団に入り、次の朝には冷たくなっていた。父と同じ脳溢血だった。俺は思わず医師に過労が原因かと尋ねた、俺の為に無理をしていたのではないかと思ったからだ。
だが、医師は神妙な顔で顔を横に振った。
「体は驚くぐらい健康的です。担当の刑事さんから聞きましたが、前の晩に頭突きをしていたそうなので、それが原因かと」
入院していた子供を攫った虐待親に、啖呵と一緒に頭突きをお見舞いして子供を取り返したらしい。どうしてよりにもよって頭突きをと思ったが、業務中で両手に器具を持っていて咄嗟に頭突きをお見舞いしたそうだ。母はそんな人だった、きっと天国で父に叱られているだろう。
奇しくも今日は卒業式だった。卒業証書を片手に仏前へ報告していた俺は、不意に母から聞いた不思議な話を思い出した。そして何となく、手鏡を探してみようと思った。
何でそんな事をしたか分からない。
その日は満月だった。よく満月の晩は魔が活発となり人を誑かすと言う。科学的な確証はないが、実際に満月の晩は犯罪件数が多くなるという統計もある。だからきっと、母を失い天涯孤独となった俺の心に魔が囁いたのだろう。
普通ならばないのが当たり前だ。母が所有していたのは30年以上前の話だし、母の過去を思えば母の実家に置き去りにした可能性もある。もし、そうじゃなくても母のあのオカルト嫌いだ、捨ててしまう事は想像に難くない。だが、あったのだ。母の部屋の箪笥の中、隠すかのように奥の奥に入れられた巾着の中に鏡はあった。
満月の光に照らされて、覗き込んだ先にはまるで妖精のような美しい少年少女が此方を除きこんでいた。
金色の髪と瞳を持つ少女は母の訃報を知り、その大きな瞳から珠のような涙を流した。その涙を見ると俺も悲しくなって、少女と一緒に恥も外聞もなく泣いてしまった。そんな俺達を、青灰色の髪と緑色の瞳を持つ少年は困ったように見詰めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます