秘境、ついに脱出します?

 ステータスの存在を知っているのなら、遠慮はいらないということで。


 僕はレニさんに魔力のことについて訊いてみた。


「0になった魔力を回復する方法について?」


「そうなんです。ついうっかりというか、不慮の事故というか。魔力を使ったみたいで、0になったまま戻らなくって……なにか方法がないものかな、と」


「へー、あおって魔法使えるんだ。魔法使いソーサラー志望?」


「いやだなぁ。そんなわけないじゃないですか。あはは」


 魔法なんて、あるわけないし。


「そうよねえ。魔法職は結構希少レアだもんねえ。はは」


 受け答えのニュアンスの違いは気にしない。


「普通は0になっちゃうと気絶するなりして、しばらくすると回復するっていうのが常識だけど。これって、わたしも詳しくは知らないんだけどね、この気絶っていうのが回復の大事なプロセスらしいよ? 気絶して、体内の回路が切り替わってなんとかかんとか」


 ……その『なんとかかんとか』がすごく大切な気がするのですけど。


「まれにとても少ない魔力で0になった場合、この回路の切り替えが正常に行なわれなくて、自然回復しなくなる――ってこともあるって、噂話程度に聞いたことがあるけど、もしかしてそれかな?」


「ああっ、それなのかも! 僕、使い切る前の魔力1でした! どうしたら回復できるんですか!?」


「そうねぇ。休んでダメなら、薬に頼るしかないかな? 魔力回復の薬」


 やった。そんなものがあるんだ!


 独りでやきもきしたのがなんだったのかというほど、続々と新情報で状況打破の見通しが立ってくる。

 先人に習えとは歴史の授業で教えられたけれど、これがそうなんだね。

 さすがレニさん、だてに11……7年も人生の先輩じゃないや。


「あ、ごめん。なにか物凄く目をきらきらさせて期待しているところ悪いけど、魔力回復薬って、ここいらじゃ手に入らないくらいには貴重品だから。お値段もかなーり、お高め」


 ですよねー。


 ……話が上手すぎるとは思ったんだ。いじいじ。

 でも、希望が見えたのは確か。売ってあるのなら、売ってるところまで行けばいいし。高価ならお金を稼ぐといい。

 当てもなく山や樹海を彷徨うよりは、すっごい有意義。


「でも……たった1回復したいだけだったら、その薬草齧るだけでも良さそうだけど」


 はい? 今なんと仰られました?


 レニさんは、さっきの僕の薬草セットを眺めてる。


 震えそうになる声を抑えて訊ねると、レニさんは事もなげに教えてくれた。

 魔力回復薬の原料は、そのものずばり魔力回復草。つまりはこの薬草セットの中のひとつらしい。


「レニさん、大好きー!」


 僕は思わずレニさんに抱きついてしまっていた。


 いけないいけない。ついつい、心のたがが外れそうになった。

 いろいろ押し寄せてきた感情に、翻弄されちゃってた。


「ははっ。こんな年下の子に熱烈な好意を向けられるのは嫌じゃないけど……そんな趣味はないからね。念のため」


「大丈夫です! 僕もそんな趣味はありませんから!」


「いえ、そうきっぱり断じられると、それはそれで寂しいんだけどね……」


 どうしろと。


 それはさておき。善は急げとレニさんから教えてもらった魔力回復草を口の中に押し込んだ。

 詰め込みすぎた感はあるけど、そんな場合でもない。もにもに必死に咀嚼する。


 うん、この鼻にツ~ンと突き抜ける青臭さ。

 口にまとわりつくえげつない苦味とネバネバな不快感が結構なお点前で。


 ―――――――――――――――

 レベル13


 体力 163000

 魔力 1


 筋力 67  敏捷 60

 知性 67  器用 54

 ―――――――――――――――


 きた――!


 きたよ、きた! ついに魔力の項目に輝かしいまでの1の文字!

 嬉しさのあまりに奇妙なダンスを踊ってみたりする。


「よ、よかったね……?」


 僕のあまりのはしゃぎっぷりに、若干レニさんが引いている。

 けど、気にしなーい。嬉しいものは嬉しいんだから。


「お役に立てたみたいで、なによりね。じゃあ、わたしはそろそろ行くとするわ。依頼された薬草を早いとこ、届けないといけないし。あおはどうする? 町までだったら、案内できるけど?」


「ありがとうございます! でも、お構いなく、目的は果たしたので!」


 人里まで戻るのは悲願だったけど、今となっては関係ない。

 僕は僕の住む場所へと戻るんだから。


 再びお礼を述べてから、僕はレニさんと別れた。

 いい人に出会えてよかった。本当にそう思う。


「さーて。そろそろ戻る準備をしないと」


 こんな森の中だったら気にならないかもしれないけれど、公衆の面前で布一枚に腰帯だけってのは、さすがに悪目立ちしすぎる。

 しかも、この下には下着もつけてないし。風にでも煽られた日には、大騒動ですよ、あなた。

 戻った早々、中学生の若いみそらで、お巡りさんとかのご厄介とかなりたくない。


「こんなときこそ、この一張羅の出番だよね」


 当初から大事に持ち運んでいたバッグ――この中には、泉で溺れて脱いだ、中学校の制服一式(+下着一式)がポリ袋に包まれたまま入っている。

 いざというときを考え、温存していた甲斐があったというもの。


 僕はバッグを抱えて茂みに移動し、今までお世話になった布を脱いだ。

 これもスイとの思い出なので、きれいに畳んでバッグの奥にしまっておく。


 代わりに取り出した制服は、半月ぶりくらいなのに、なんだかとても懐かしかった。

 久しぶりのナイロン生地が、すべすべすぎて肌にくすぐったい。

 全体的に素材も軽いので、以前は感じもしなかった、なんかひらひら感がある。


 文明人の証――は大げさだけど、パンツも穿いた。今までナッシングで、解放感に慣れてしまっていたので、締め付けが逆に違和感を覚える。


 程なくして、上から下、中まで装着完了。

 これでいっぱしの、中学生の完成!


「キュイ~」


 しろがなにかを察したのか、僕の頭にしがみついてきた。

 羽を広げて、すがるように身を擦りつけてくる。


 そっか、そうだった。

 これまでもしろと一緒にいるのが当然だったから、すっかりと失念していた。


 僕の住んでいた街に帰るとして、しろを連れて行ってもいいのだろうか。

 僕としては、せっかく出会って苦楽を共にした友達と、こんなところで別れたくはないけれど。


「キュイ~……」


 僕の不安を察してか、しろも心配げなか細い声を漏らしている。


 しろは優しく賢い。でも、見た目はちょっとドラゴン的な感じだから、初見では怖がる人もいるかもしれない。

 通報されて捕獲されて、保健所送りとかなったらどうしよう。

 それ以前に環境に順応できないなんてことになったら……心配は尽きない。


「しろ……よく聞いてね。僕はこれから住んでいた場所に戻るんだ。そこは、こことは全然違う場所で……しろにとっては住みにくいところかもしれない。しろはどうしたい……?」


 僕の大事なしろ。

 同等な友達だからこそ、僕は真摯な気持ちでしろに訊ねてみた。

 きっとしろなら、意味もわかってくれるはず。


「一緒に……くる?」


「キュイ!」


「うわっ、くすぐったいよ、しろってば!」


 しろは嬉しそうに、頭の上から身を乗り出し、僕の顔をぺろぺろ舐めだした。


 僕の心も決まった。

 これまで、何度も僕を助けてくれたしろ。今度は僕が守る番だ。



◇◇◇



 準備はよし、心構えもよし。

 しろは頭で待機中、よし。


 すべての用意を終えて、僕は森に向かって仁王立ちしていた。

 いろいろとあった。碌でもないことも多かったけど、そうでないことも。

 去来する様々な思い出を胸に抱き、僕は空を見上げた。


 <位相転移>。

 叫べばいいのか、念じればいいのか。最初にここに来るときには、勝手に発動したみたいだけど。

 よくわかんないや。


 だから僕は、思いの丈を言葉に乗せてみることにした。


「僕を――僕たちを、元の場所に帰して――!!」


 その瞬間、視界の景色が一変した。



◇◇◇



 ――ばっちゃーん!


「がばげへっ! げはっ! うえ~!」


 唐突に水中に投げ出された僕は、這々の体で岸へと這い上がった。


 転移先は水中とか決まりでもあるのかと、恨みがましく思う。


 さすがのしろは、水に没する前に空へと逃れていた。

 僕に健在をアピールするように、頭上の空を悠々と旋回している。


 岸に仰向けに身を投げだすと、降り注ぐ陽光が目に眩しかった。

 見上げる空は、一面の青空。雲ひとつない快晴だ。

 視界の端には、緑の森の木々。風に枝葉を揺らしている。


「……ん? 僕の住んでたところに、森なんてあったっけ?」


 そもそもあの街には、湖や泉なんて洒落たものはなかった。

 せいぜいあって、ヘドロ混じりのドブ川くらい。


 じゃあ、ここは? ……って話になるんだけど……


 頭を横に傾けると、視界に映るのはどこかで見たような景色。

 すぐそばには、もう何日も放置されたような、雨晒しで薄汚れた教科書たちの山。


「……おんやぁ?」


 そうか、これはあれだ。


 ふりだしにもどる。


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僕(あお)と仔竜(しろ)の彷徨記 まはぷる @mahapuru

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