そして、出会いは唐突に

 それにしても、ここいらは本当に野生の獣が多い。


 あの後も、狼っぽいのやら熊っぽいのやら見知らぬ獣やら、相次いで襲われることになった。

 その際の対処としては、まずは逃げる。追いつかれたら諦めて咬まれる。相手が諦めるまで我慢する。の3段活用。


 もう後半は面倒臭くなって、咬まれたまま引きずって進んでいた。


 体力と違って、衣服は自動治癒なんてしてくれない。すでにボロぎぬレベルにぼろぼろで、もはやジャージだった面影はない。

 それでも、様々な獣の体臭が染みついてるせいで、襲われる回数自体は徐々に減っていき、最後に襲われてから30分、遠巻きに様子をうかがう気配はあっても、実際に姿を見るには至らない。くっさいけど。


 泉を出発してから、すでに3時間ほど。

 だいぶ、空も薄暗くなってきた。もうすぐ日の入りだろう。


 相変わらず山も森も途切れそうにもないが、こっちだって疲れなど微塵もない。さすがは無尽蔵の体力。素晴らしい。

 正直、走り続けても大丈夫そうだったが、一度試してみたところ、なにせ足場が悪い。転びまくって余計に時間を食ったのでやめました、はい。


 大自然の真ん中だけあって、太陽以外の光源もなく、日が落ちると途端に真っ暗になった。


 体力は有り余っていても、暗くては満足に歩けもしない。

 どうやら今日はここまでらしい。


 こんな場所で、無防備に地面で雑魚寝するほど豪胆ではないので、僕は手近の大きな木によじ登ってみることにした。

 木登りなんてやったことないけど、結構いけるもんだね。


 そうこうしている内にも、どんどん闇の度合いが増してくる。


「あ、やば。急がなきゃ」


 太い枝まで登り切り、後は枝葉の感触を頼りに寝床にできそうな場所を探す。

 都合よく、細い枝が折り重なって、腰を乗せる分には充分そうなところを発見した。体重をかけてみるでも、うん、問題なさそう。

 そう思って、腰かけた拍子に、指先になにか柔らかなものが触れた。


 なにかいる!


 思わず仰け反って枝から落ちそうになるのを、なんとか堪えた。


 あっぶな~。


 10m近くは登ったはず。落ちたら大怪我では済まな――いことはなくもないだろうが、再度登ってくるのは骨が折れることに間違いない。


 独りでわたわたしている僕を、見つめる2つの眼光。

 あらためて見てみると、猫の目のように闇の中で光る瞳が、こちらを観察するように、じっとうかがっている。


 目の大きさと位置からして、かなり小さい動物。

 僕は当たりをつけ、おそるおそる手を伸ばした。


 柔らかな感触が伝わってくる。触ったのは、おそらく手。肉球がふにふにしている。そのまま指を進めると、手触りのいい毛並みに沿って、腕、お腹、背中、頭と触感で確認できる。

 頭を撫でると、気持ち良さそうに目が細められ、喉を撫でると、ごろごろ擦り寄ってきた。

 どうやら猫っぽい。


「ごめんね。どうやら、きみのほうが先客だったようだけど、僕もお邪魔させてね」


 僕は安心して、猫を胸に抱えて横になった。枝の場所は狭く、かなり身を屈めてくの字にしないと身体が収まりきれなかったが、その分、密着した腕の中の猫のもふもふ感を堪能できる。

 猫も嫌ではなかったようで、大人しく僕の腕の中で丸くなっていた。


 体力は全快でも気力はそうではなかったらしく、僕の意識はすぐに眠りに落ちてしまった。



◇◇◇



 朝。異常事態に巻き込まれてからの初めての朝。

 僕は落下感で目が覚めた。


 というか、落ちていた。

 10mという高さを頭から落ちたにしては、清々しい目覚めだった。

 目ぼけた頭を覚めさせるには、ちょうどいい衝撃だったらしい。ま、他人にはお勧めできない。


 逆さまになった僕の視界に、白い毛並みが映る。


 思い出した。

 昨晩、寝所を共にした相手だ。そう言うと、エロっちいけど。


「おはよー。よく眠れた? 猫く……ん?」


 最後は疑問系になった。


 興味津々というふうで、こちらを眺める白い毛並みの動物は――猫ではなかった。

 大きさは猫くらいだけど、猫よりは骨太で犬っぽい。けれど、決して犬ではない。


 なにせ、背中には、立派な羽が生えている。

 顔も犬猫のそれではない。


 うーん。例えるならそう……竜?

 アニメに出てきそうなアレ。

 鱗に覆われたトカゲっぽいタイプじゃなく、長い毛に覆われたドラゴン。の仔竜。


「えーと、あの……よろし、く?」


「キュイ!」


 僕が手を差し出すと、その仔は嬉しそうに指先を口先で啄ばんできた。


 翼をはためかせ、僕の腕に飛び込んできたので、受け止めて抱き締めてみた。もふもふの体毛からは、太陽のいい匂いがする。いろんな意味で、気持ちいい。

 我慢できずに僕がすりすりすると、その仔のほうも頬ずりを返してきて、顔をペロッと舐めてきた。


 うん、とても愛らしい。


 ……でも、なんの生き物ですか?


 未知との遭遇だった。

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