第44話 君のその想いは美しい。
「ルイ……!」
扉を開いたマルセルが僕の姿を見て、目を丸くする。
ちょうど数年前、僕の病のことを告白する為に彼の部屋を訪れた時のように。
あの時と同じように僕は彼に告白しようとしている。
ただし今回は病のことを告白するのではない。
恋心の告白をするのだ。
別にロビンに言われてその気になった訳ではない。
マルセルの気持ちはずっと前から僕以外の人に向けられていることは分かっていた。
ただ、僕に好かれていないと分かっていながらも僕を想った言葉を投げかけてくれるロビンを見て、僕も気持ちの整理をつけておかなければならないと思ったのだ。
「ちょっと、話があるんだ……いいかな?」
そう言うとマルセルは彼の部屋に僕を入れてくれたのだった。
「ルイ、どうしたんだまた?」
マルセルが心配そうな顔をして尋ねる。
病気の話だとでも思ってるのだろうか。
「心配しないでくれ。僕の体調は万全だ。今日はそういう話じゃない」
最初にそう断って彼を安心させておく。
「じゃあ、一体……?」
彼の表情は困惑へと変わる。
僕が深刻な表情で彼を訪ねる理由が他に思いつかないようだ。
「今日はね、告白したいことがあるんだ」
「こくは、く……」
彼の鋭い瞳を真っ直ぐに見つめ、僕は一思いに言葉を口にした。
「マルセル。僕は君が好きだ」
僕の言葉に彼の瞳が見開かれた。
その顔はどう見ても喜びを覚えているようには見えなかった。
そして長い長い沈黙の後、彼は苦しそうに言葉を絞り出した。
「……すまん。ルイの想いには応えられない」
マルセルは優しいから、僕の想いを吐露するだけで彼を苦しめることになるのは分かってた。
これは完全に僕の我儘でしかなくて、僕が彼の返答に傷つく権利はない。
だから、僕はなるべく爽やかに見える笑みを装ってこう言う。
「うん、知ってた」
って。
「え……」
「分かっててフラれる為に告白したんだ、ごめんね」
彼の瞳が戸惑いに揺れる。
鋭い眼光とは裏腹に、その瞳の色は酷く優しい。
「そんな、いいのか?」
「うん、きちんと失恋できて清々したよ」
その言葉はまったくの嘘ではないが、胸は刺すようにじくじくと痛んでいる。
分かってはいたけれど、こうして言葉で確認してショックじゃない訳がない。
でもそれを表に出してはいけない。
いずれ断ち切らなきゃいけない未練を断ち切る為に来たのだから。
「だから、ありがとう」
「そ、そうか……それならいいんだが……」
だから、せめてちょっかいはかけさせてもらうとしよう。
「マルセルもそろそろラファエルに向き合いなよ」
「え……?」
てっきり彼の赤面を見れると思って言ったのに、彼の顔は静かに青褪めていったのだった。その顔色は尋常ではなかった。
「ラファエルのことが好きなんだろう?」
そう、幼い頃からずっとマルセルは彼の弟のことしか見ていなかった。
ラファエルが彼にとってただの弟ではないことは分かっていた。
なのに。
「そ……んな訳ないだろう? 血は繋がっていないとはいえ、弟を愛してるだなんて」
マルセルは何かに怯えた顔をしていた。
彼のそんな顔は初めて見た。
「マルセル。もしかして自分の想いは穢れたものだとでも思っているのか?」
彼に静かに問いかける。
「そんなことはない。君のその一途な想いは美しい」
「ルイ……」
「君の想いを誰も非難したりしない。少なくとも僕はそんなことしない」
マルセルがラファエルに向ける瞳は、傍から見ている僕にとってすらとても暖かで眩しくて。だからこそ僕はマルセルを諦めたというのに。
「この僕を振ったからには、想いを胸に秘めたまま失恋するなんて終わり方は許さない。何らかの形でケリを着けてくれ。僕の為にも」
僕の言葉に、彼の顔が少しずつ赤みを取り戻していく。
浅かった呼吸が落ち着いていく。
「ルイが、そんな風に思ってくれていたなんて全然知らなかった」
「今初めて口にしたからな」
肩を竦めてみせると、マルセルはおずおずと微笑みを浮かべた。
「とにかく、ラファエルに向き合ってやってくれ。きっとその方がラファエルの為にもなると思う」
彼に言葉をかけながら、内心で自嘲する。
なんだって僕は失恋した直後に彼の恋を応援してるのだか。
彼がラファエルへの恋を諦めれば、僕にもチャンスが生まれるかもしれないのに。
それでもそうは思えなかった。
彼の恋心が壊れて欲しくはなかった。
それは美しいものだから。
「……分かった。考えておく」
だから彼がそう答えてくれたことに、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
*
マルセルの部屋を後にすると、僕は中庭に足を向けていた。
なんとなく、このまま自分の部屋に戻って寝る気にはなれなかった。
高くそびえ立つ
それを見上げる人影が一人、ぽつねんと立っていた。
横顔が月光によって青白く輝き、神秘的な美しさを湛えている。
僕はその時、その人が美しいことに初めて気が付いたのだった。
「ロビン」
ロビンは
自分の親である神木を目にして何か思うところがあったのだろうか。
それとも、ロビンならば
「あ……ルイ」
ロビンがこちらを向く。
「ロビン、今、告白してきたんだ」
僕は気が付いたら彼に喋り出していた。
「どうだった?」
「……駄目だったよ」
ぽつり、と足元に水滴が降る。
雨が降ってきたのかと空を見上げたが、空には雲一つなく月が輝いているだけだ。
彼の手が伸びてきて僕の頬を拭ったのを見て、やっと今の水滴は自分の涙だったのだと気づいた。
じくじく痛んでいた心が、彼の姿を見た途端に決壊したようだった。
「ロビン……っ」
彼に縋り付いて嗚咽を漏らすと、彼はそんな僕の身体を優しく抱擁して包み込んでくれた。
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