第二章 12歳少年編

第15話 これからは添い寝は禁止だ。

「なあ、ラファエル」

「なーに、お兄様?」

「お前ももう10歳なんだ。いい加減……添い寝は止めないか?」


 あれから7年が過ぎた。

 オレは12歳に、ラファエルは10歳になっていた。

 にも関わらず、ラファエルの添い寝癖は未だに治っていなかった。


 流石にティーンにもなって同じベッドに二人は色々とヤバい。

 だからやんわりと注意したのだが、ラファエルは不思議そうに首を傾げる。


 彼が首を傾げた拍子に、彼の長く艶やかな黒髪が揺れる。

 黒髪から花のような匂いが香ってドキリとしてしまう。


「でもお兄様はオレがいなかったら、寂しくて泣いちゃうだろ?」

「自分のことをオレって言うのは止めなさい。そしてオレは泣いたりなんかしない」

「お兄様は自分のことオレって言うじゃん!」


 ラファエルと二人きりの時は素の口調でいるせいで、オレの口調がラファエルにも移ってしまっていた。天使のようなラファエルがそんな喋り方しちゃいけないのに!


 これはオレも口調を改める必要があるだろうかとも思うが、なかなか治せないのだ。なにせこれは前世からの口調だし、素で喋れる相手はラファエルしかいないから。


「ラファエル、こーんなに小っちゃい頃は自分で自分のこと『ラファエルはね』って言ってたのにな」


「小っちゃい時のことは言うな!」


 ラファエルが眉を顰めて一生懸命怒り顔を作ってオレを睨みつける。

 そうしているとただでさえ大きなラファエルの黒い瞳がますます大きく見える。

 なんて可愛い。あ、良かったラファエルは天使のままだった……!


「とにかく、これからは添い寝は禁止だ」

「オレがいなくてお兄様は大丈夫? ちゃんと寝れる?」


 てっきりうるうると涙目になって縋り付くと思っていたのに、逆にオレが心配されてしまった。

 ラファエルはオレのことをどう思っているんだ。

 泣いてるのをラファエルに慰められたことなんて……多分あの一回だけだぞ。


「大丈夫だから、今夜からは別々のベッドだ」

「分かった。寂しくなったらすぐに呼んでね」


 最後まで心配はされたが、ラファエルは素直に自分のベッドに潜ってくれた。

 嫌われるかもしれないとなかなか言い出せなかったが、これならもっと早く言っても良かったかもしれない。


 * * *


「うぅ……うぅ……」


 暗闇の向こうから呻き声が聞こえる。


「お兄様?」


 恐る恐るお兄様のベッドに近寄ってみる。


「うぅ……」


 ベッドの上のお兄様は、悪夢でも見ているかのように涙を流しながら苦悶の表情を浮かべていた。


「お兄様大丈夫?」


 お兄様のベッドに潜り込み、彼の身体をぎゅっと抱き締めてあげる。


「ほら、痛くない痛くない」


 お兄様の背中をぽんぽんと優しく叩いて声をかける。

 すると次第にお兄様の身体の震えは収まっていった。


「お兄様。一体何がそんなにお兄様を苦しめているの?」


 お兄様は時折こんな風に悪夢に苛まれる。

 一体全体何があってこんな風に悪夢がお兄様を苦しめるのだろうか。

 苦しむ彼の姿を見る度に、オレの知らないお兄様を知りたいと思うのだった。


「お兄様……」


 お兄様の痛みを癒したい。

 でもそれはオレでは癒せないものかもしれない。

 もしもそうだとしたら、オレは……。


 思い悩みながら、兄の頬をそっと撫でたのだった。

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