第14話 ええ、もちろんよ。

「ラファエル」

「んっ」


 ラファエルに手を差し出す。

 ラファエルはその手をぎゅっと握る。


「じゃあ、行くか」


 ラファエルと手を繋ぎ、一緒に一歩を踏み出した。

 もうラファエルがオレの服の裾を掴んで後ろからついてくるだけではない。

 手と手を繋いで歩いていくのだ。


 そんなオレたちの目の前には――――城下町が広がっていた。


「マルセルは街は久しぶりだったな」


 オレに声をかけるお父様は、今日は宮廷魔術師としてのローブ姿ではなかった。

 シックなフロックコートを身に纏っており、いかにも貴族然としていた。


「あんまりはしゃいで私たちから離れちゃ駄目よ? 王城と違って迷子になっちゃうわ」


 お父様の手を取って馬車から下りてきたお母様は、オレたちに微笑みかけながら日傘を開く。


 今日は家族で休日なのだ。

 これから貴族御用達の仕立て屋さんに向かう。

 注文していたラファエルの服が完成したらしい。

 それを受け取りに行くのだ。


 街並みは美しく、足元に石畳が隙間なく敷かれている。

 これは下りたところが貴族街だからだろう。

 庶民街に行けばもっと汚らしいのではないだろうか。

 オレとしては観光するなら、そこらの屋台で買った食べ物を食べ歩きしながら、自由に街を練り歩きたい。

 だがここら辺には屋台も見当たらない。貴族は食べ歩きをしないのだろうか……。


 上品な店が立ち並ぶ中の一軒に両親が入る。

 オレたち兄弟はその後を付いていく。

 扉のベルがカランカランと涼やかな音を響かせる。


「わあ……!」


 店の中に広がっていた光景にオレたちは目をまん丸にした。


 その仕立て屋の中にはたくさんのローブがあったのだ。

 群青色の生地に星座が描かれたローブや、緻密に魔法陣が編み込まれたローブなどがマネキンに着せられ、壁にまでローブが広げられて飾られている。

 魔術ローブの仕立て屋さんだ!

 ラファエルの新しい服とは魔術師としてのローブのことだったのだ。


 もしかしてラファエルの採寸の時にオレを連れてこなかったのは、オレが気に病むだろうと思ったからか?

 今回連れてきたのはオレとラファエルの仲が良好そうだから?


 オレはゲームの中のマルセルのことが少し不憫になってしまった。

 ゲームの中ではマルセルとラファエルはずっと仲が悪いままだったから、こういう魔術関連の店にはラファエルだけが連れて行ってもらっていたに違いない。

 マルセルからすれば、ずっとラファエルだけが贔屓されているように感じただろう。まあ、どうしようもない仕方のないことだとは思うが。


「ほら、お前のローブだ。着てみなさい」


 お父様が仕立て屋から受け取ったローブをラファエルに渡す。


 黒を基調とした生地に金の縁取りが付いていた。

 金の縁取りが草木を連想させるようにくるくるとした紋様を描いている。

 それがしっかりと3歳のラファエルの身体に合わせて作られており、とても小っちゃな可愛らしいローブになっていた。


 当然だが安物には見えない。ラファエルはすぐに大きくなってローブを買い替えることになるだろう。それなのにこんな立派な物を買ってもらえるなんて、ラファエルは愛されてるのだと思った。或いはその才能に期待されているのだろう。


「やったー!」


 ラファエルは大喜びでローブに袖を通した。

 オレはその光景を見て「良かった」と思ったのだった。

 ラファエルは立派な宮廷魔術師になるのだろう。それで良かった。

 オレは自分が死なずに、そしてラファエルが幸せになってくれればそれで充分なんだ。


「さ、マルセル。今度はマルセルの新しい服を仕立てに行きましょうね」


 お母様がオレに微笑みかける。


「オレ? オレの服も買ってもらえるの?」

「ええ、もちろんよ」


 お母様がオレに手を差し出す。

 オレはその手を握り、もう片方の手でラファエルの手を握る。

 そしてお母様の空いた方の手をお父様が優しく握る。

 そうして一家みんなで次のお店へと向かったのだった。


 まあ、ちょっとだけ。

 オレ自身も幸せになってもいいんじゃないかな、なんて。

 そう思わなくも無かった。

 

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