第12話 にいちゃま、いたいの?
冷たくて、熱くて、痛い。
薄い金属がオレの身体に入り込み、引き抜かれる。
それが何度も何度も繰り返された。
オレの身体が地面に崩れ落ちる。
赤い水溜まりがオレの周りに広がっていくのに、オレは指一本動かせなかった。
声も出せなくて、助けを呼ぶことも出来なかった。
死とは、身体の一部が溢れ出していくのをただ傍観していることだった。
身体から何リットルの血が出ていくと人間は死ぬんだったか。
少し考えたが頭の中身が血と一緒に零れ落ちていくようで、思考が像を結ばない。
普通に生きて、普通程度の幸福を享受してそして人生は終わるのだと思っていた。そんなものは幻想で、オレが思い描いていた「普通」はこの上ない僥倖の末にもたらされることを知った。
オレの一部が零れ落ちていき、オレの身体は確実に死に向かいつつあるのに誰もオレを助けてくれない。
世界から見捨てられたのだと知りながら、オレの身体は冷たくなっていった。
嗚呼、死ぬのは嫌だ。
こんな死はもう二度と味わいたくない。
その為だったら――――何だってする。
*
「……悪い夢だったな」
意識の覚醒と共に前世の記憶を夢に見たことを自覚する。
ベッドから身体を起こすと、隣で寝ているラファエルの寝顔が目に入る。
添い寝をするのはあの晩限りのつもりだった。
だがラファエルの方はこれから毎晩寝床を共にするつもりだったらしく、彼にとっては一度添い寝を許可されたということは即ち毎晩添い寝を許されたことと同義だった。
当然のようにベッドに潜り込んでくる彼を追い出すような気概がオレにあるはずもなく、あれから毎晩同じベッドで寝ているのだった。
オレが起きた気配に目が覚めたのか、ラファエルが身動ぎすると黒い瞳をゆっくりと見開いた。
「にいちゃま……?」
「ごめん、起こしたか」
ラファエルがその大きな黒目を見開いてオレを見つめている。
「にいちゃま、ないてる」
「え……?」
彼の一言に、そっと自分の頬に触れる。
そこは確かに湿っていた。
「にいちゃま、いたいの?」
「いや、そうじゃなくて……」
夢を見ている間は苦悶していたが、今は何処も痛くない。
幼いラファエルにとっては涙を流す理由など痛みしか思い当たらないのだろう。
そう思っていると、ラファエルが身体を起こしてオレにしがみ付いて額と額をこつんと合わせる。
「いたいのいたいのとんでけ!」
痛くなどないと言っているのに。
何故だか熱いものが込み上げてくる。
「にいちゃま、いたくなくなった?」
「うん……ありがとう、ラファエル」
彼の身体を大切に大切に抱き締めた。
ラファエルは確かにオレの痛みを理解してくれたのだ。
こんな風にオレに寄り添ってくれるのはラファエルだけだ。
ラファエルこそが世界で一番大切なものだとオレは気づいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます