第11話 マルセルくんは騎士になりたいのか

 ジェラルドに剣術の指南を頼み込んだのは、何も彼を落とす為だけではない。

 宮廷魔術師の座を継げない以上、オレは大人になるまでに手に職を付けないといけないからだ。

 貴族の嫡男なのだから、剣術さえ身に付ければ騎士の末席くらいには名を連ねることはできるだろう。そういう一石二鳥の思惑からだった。


 就活に備えるのは大事だ。疎かにすればブラック企業に就職し社畜として身を削っている内に通り魔に遭って無惨な死を迎える羽目になる。


 ちなみにゲームの中のマルセルはごく潰しだった。

 剣術も一応やっていたようだが大した腕ではなかった。


「それじゃあ今日が稽古初日だ。マルセルくん、準備はいいか?」


 練習着を着こんでジェラルドと向かい合ったオレは、大きな声で元気よく答えた。


「はい、師匠!」


 ところがその返事にジェラルドはへにゃりと照れ笑いをして頬を掻く。


「いやその、師匠と呼ばれるのはちょっと恥ずかしいかな……」


 師匠と呼ばれて照れる15歳。何とも可愛らしいことだ。

 18年後には眉間に皺を寄せた厳格な公爵閣下になっているとは信じられない。


「でもジェラルド様は僕に剣を教えて下さるのですから、僕の師匠です!」

「そうか……分かった。君がそう思ってくれるなら、私は君の師匠だ」


 頷いて、師匠呼びを了承してくれるジェラルド。


「ではまず基本の型から教えよう」


 そうしてオレとジェラルドの初めての稽古が始まったのだ。


 *


「はあ、ひい……」


 稽古が終わる頃にはオレはくたくたになって芝生の上に倒れ込んでいた。

 5歳の身体には子供用の小っちゃな細剣すら重たかった。

 きっと明日には……いや数時間後には筋肉痛になっているだろう。


「マルセルくん、お水どうぞ」


 ジェラルドが水を注いだコップを差し出してくれた。

 ありがたく受け取って中身を一気飲みする。


「ぷはぁっ、ありがとうございます!」


 正直疲れすぎてもうなんだか眠い。

 だがオレはジェラルドと仲良くならなきゃならない。

 オレは気力を振り絞って彼に話しかけた。


「僕、立派な騎士になれそうですか?」

「そうか……マルセルくんは騎士になりたいのか」


 そういえば師匠にはオレは魔術師になれないんだということを言ってなかった。


「君のことは私が必ずや立派な騎士にしてみせよう」


 なのに彼は真剣にそう誓ってくれた。

 まるでオレが騎士になりたいと言い出した事情を知ってるみたいに。

 くそ、こいつやっぱりイイ奴だ。


「ありがとうございます……!」


 不覚にも少し涙ぐんでしまったのだった。


「私はまた来週も来る。それまで今日やったことを忘れないように毎日ちょっとずつでいいから練習するんだ。いいね?」


「はい!」


「ふふ、良い返事だ」


 オレの眦から零れた一粒の涙を、彼が優しく指で拭ってくれたのだった。

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