第41話 リハーサル 1

道衣に着替えて、道場に行くとデワはすでに待機していました。感心感心。


「オス、センパイ。スイカ用意しときましたよ」


「おお、ありがとう。ボウイはまだだな。彼が来たら、一応今のところ考えてあるデモンストレーションの演目を教えるよ。その前にストレッチをやっておこう」


日課にしておりますストレッチ体操を始めます。

デワは日本に居たときから、このストレッチが大の苦手でした。体が固いのだ。


「痛た・・・たた。。」


「おーいデワ。お前、一応先生なんだから。生徒に教えなきゃいけないのに、それは少しマズいよ。先天的に体が固いのはある程度しかたないけど、ストレッチを毎日やっていればもう少しは柔らかくなるから」


「オース・・・それにしてもセンパイは柔らかいなあ」


「毎日やってるもん。僕だってこれを一日サボったらすぐ固くなるんだぜ。デワも毎日やってみな」


ストレッチをひととおりやり終えた私は、立ち上がって前蹴上げをやります。

前蹴上げというのは、前屈立ちから後ろ足を前に振り上げて耳の横まで上げる。太ももの筋肉を緩めて股関節を開放するような感覚でやるのがコツです。今から練習する、跳び技の基礎にもなります。


「オース!あ、すみません。今きました」


ボウイです。彼も道衣を身に付けています。帯はもちろん白帯を締めてきました。


「おお、ボウイ。待ってたぞ。明日やる演目を今から説明するぞ。それから練習だ」


「オス!」


「明日から、とにかく人のよく集まる場所に行ってデモンストレーションをやる。まずはビクトリア公園。あとはペターのあたりでもやる。まず客寄せに石を割るから。それからスイカを使った試し割りだけど、これを今日練習する。デワとボウイは、このボールを持ってくれ」


サッカーボールをひとつづつ手渡します。ふたりとも身長は160cm前後なので、ちょうどいい。


「これが、スイカのかわりだ。これを頭の上に乗せて、両手で下から支えてくれ。あまり上の方を持っちゃダメだよ。手を蹴飛ばしちゃうから。わかった?」


「オース」


デワとボウイが頭にボールを乗せます。

私は3m位の間隔で彼らの立位置を決めて、向かい合わせに立たせます。


私はその場でピョンピョンと2度3度飛び跳ねてから、軽く後回し蹴りの練習をやります。

・・・・まずまず。いけそうだ

「ボウイの方から行くぞ。絶対動くなよ」


言うなり私は右足を一歩踏み込んで、クルリと回転し後回し蹴りでボウイの頭上のボールを蹴飛ばします。パーンと良い音がして、ボールは道場の壁めがけて飛んでゆきました。


「うわっ!びっくりした。トミーセンパイ、オレビビったよ!」


一瞬の出来事なので、ボウイは驚いたようです

「大丈夫、大丈夫。ボウイのほうは問題ないんだよ。問題はデワのほう」


「え、センパイ。どういうこと?」


デワが不安そうに尋ねます。


「いやいや。心配するな。それより絶対にピクリとも動くなよ。動いたら頭にあたるぞ」


「・・・なんか怖い。。。」


「おいおい、デワ先生。頼むよ。じゃ、目を瞑ってて。すぐ済むから」


デワは言われたとおり、固く目を閉じます。


先ほどと同じように右足から踏み込んで、クルリと回転して左足を上げます。先ほどと違うのは、ここから左を蹴らずに跳び上がり、右足を大きく振り回すようにして蹴ることです。本で覚えた旋風脚だ!

パフッと頼りない音がして、ボールはころころと転がります。


「ふーっ・・・。怖かった。。」


デワが目を開けて言います。


「んーー。。しかし、力が無いなあ。今みたいなヘナチョコ蹴りじゃ、スイカが割れないよ。どうしたもんかな?」


私は軽く飛び跳ねたり、蹴りを出したりしながら考えます。

やはり見よう見まねの旋風脚では、威力がまったく出ません。少しアレンジしなければ。


中国拳法の旋風脚という技は、脚を真っ直ぐ伸ばしたまま外側から弧を描いて脚を飛ばし、足裏か足の親指側の側面を相手に当てる型になっています。

空手にはこんな蹴り方はありません。やはり、これは背足(足の甲側)のスネと足首の間接あたりを当てる回し蹴りの要領で蹴らなければ。飛びまわし蹴りです。


「よし!もう一度やるぞ。デワ、ボールを持って」


「・・・オース。。」


デワはしぶしぶ返事します。


右足から踏み込んでクルリと回転、左足を上げて跳び上る。今度は先ほどのように右足を振り回さず、一度膝を畳み込んで、回し蹴りの要領で蹴ります。蹴る瞬間に股関節を開放するのは前蹴上げと同じです。

パシンと今度はいい音がしてボールが吹っ飛びます。


「よーし!いけるぞデワ。ボウイ、そっちから見ててどうだった?」


「トミーセンパイ!すごいよ。なんてキレイな蹴りなんだ。。こんなのモンキー流では見たこと無いよ」


ボウイがすごく感激しています。もっともこんなのはまともな空手には無くて当然なんですけど、しかしボウイの反応はデモの参考にはなる。


「デワ、ボウイ。今の段取りでまず後廻し蹴り、跳び回し蹴りの連続蹴りでふたつのスイカを割る。次はホンモノのスイカで試してみよう。デワ、スイカを持ってくれ」


デワの頭にスイカが乗ります。

とりあえず試しに後回し蹴りで蹴って見ます。


足が当たった瞬間、ボールと違って重くガツンとした感触が足に伝わる。

スイカが道場の床に落ちて割れます。


「いてて。。スイカって結構固いなあ。。今、スイカ割れたのか?落ちて割れたんじゃない?ボウイどう?」


足をさすりながら尋ねます。

「オス。割れていないと思います」


「あー、、やっぱり。まいったなあ。何度も試していたらスイカがもったいないし。かと言って、確実に割れないとマズいしなあ。。。大丈夫かなあ。でもやらなきゃいけないし・・・うんまあ何とかするしかない」


自身がありませんが、明日はもっと強く蹴らねば。


「あのう、トミーセンパイ。このスイカは人間の頭に見立ててるんですよね?」


ボウイです。


「ああ、そうだよ」


「じゃあ、スイカに顔でも書いたほうが良くないですか?」


「え、顔ってマジックかなんかで書くのか?」


「いやあ、、、そうだ!ハロウィンのカボチャみたいにナイフで刻んだらどうです?目とか口とか」


・・・ん!ハロウィン?・・・おお、そうか!


「おいおい、ガイドボーイ。お前カラテは子供の遊びじゃないんだぞ。ふざけるなよ!」


デワがボウイをしかりつけます。


「・・・オス。すみません先生」


ボウイが恐縮しておりますが。


「いや、まてデワ。それはいいアイデアかも!ナイフ持ってきて」


「ええーー?センパイ、マジですかー」


「いいから早く!」


しばらくしてデワが持ってきたナイフで、私はスイカのひとつに目鼻口を彫りこみます。

出来るだけ深く。赤い身が見えるまで。

最後に髪の毛のようにスイカの頭の周りにギザギザの切込みを入れる。


「よし、出来た!デワ、これをもう1回持ってみて」


デワが頭上に置いたスイカ頭に再び後回し蹴りを飛ばします。

こんどはパーンとはじける感触がします。


「うおっ!トミーセンパイ、今度はスイカが破裂するように割れましたよ!」


見るとデワの頭にもスイカの破片がくっ付いている。


「やったぜ!ボウイ。お前のアイデアのおかげだ。天才だよ!お前は」


「へへへ・・・」


・・・とりあえずボウイを誉めておきました。。

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