第37話 私の土俵
「デワ、道場を見せてよ。一休みするのはそれからでいいから」
「はあ、オス。いいですよ。こっちです」
デワに案内されて私たちはホテルの廊下を歩きます。
「見た目より中身は広いなあ。しかしデワ、このホテルをそんなに勝手に使っていいのか?」
「このホテルはもう僕のものだから。親父に経営をまかされたもんで」
「へえ。じゃあお前がここのオーナーなわけ?」
「親父はホテル何軒も持ってるから、そのうちのひとつをくれたんだ。ウチは兄弟多いし僕は末っ子だからこのホテルだけが財産かな」
「馬鹿野朗。充分だよ。これだけのホテルが貰えたら」
「まあ、そうかな。。あ、ここです。この部屋を道場に使う」
ここも大きな木の扉がありますが、開けると中は50坪くらいでしょうか。小ホールといった感じです。
「うーんデワ。この広さだと、キャパは精一杯で50人くらいかな?移動稽古をやるには狭すぎる」
「オス。まあ、人数が増えたら増えたでまた別の部屋を用意すればいいでしょ?」
「お前のホテルだから何とでもなるか。まあさしあたりこの部屋一杯に生徒を集めるのが目標だな。ところでデワ。生徒は今どれくらい居るの?」
「え?居ませんよ。これから始めるんだから」
はあ・・・?私は思わずデワの顔を睨みつけます。
「居ませんよてお前、僕が来るまで何やってたの?せめて友人・知人くらい声かけとけよ。お前の道場だろうが」
「まあセンパイが来てから生徒集めしようと思ったから。勝手にやっちゃ悪いと思って」
「・・・・お前なあ。。。ああ、本当にやる気あんの?一から十まで僕にやらせるわけか?僕だっていつまでもここに居るわけじゃないんだぞ。それでよく僕が連れて来た入門生に不服が言えるな」
先が思いやられます。
私はそんなに長くスリランカに居るつもりはありませんでしたから、とにかく早く生徒を集めて道場としての体裁を整えて中川先生に報告しなければなりません。
「お前ら靴を脱いで礼をして道場に入れ」
デワとボウイに言いつけ、自分も一礼して道場に入ります。
道場にはいってまず目に留まったのは。。
「おお、これは!」
床です。
床は木ではなく、ソフトな材質の床材が敷き詰めてあります。
道場の床が固い材質だと転んださいに頭を打つととても危険ですのでこれは上出来です。
しかしそれよりも感激したのは、この床材。
カッサバ先生のところの床のように、15cm角くらいの格子模様が描かれている。
「これはいい!デワ。これはお前にしては上出来すぎる。いい道場だ」
今度は少し誉めてやります。
「オス。あと、タイからキックミットを取り寄せてます。ジムはもともとこのホテルにあるものを使えばいいからウェイトトレーニングも出来るし、サンドバックもタイから取り寄せたものを置いています。他に何か居る?」
「いや、充分。道具なんてそれだけ揃えば上等だよ。それよりさ、デワ・・・久々にちょっと組手しない?」
「は?組手って・・・この格好で?」
「いや、軽くよ、軽く。ちょっと再開のあいさつ代わりにさ」
私ははやくこの床の効果を試してみたい!
「ボウイ、デワの上着をちょっと持ってやってくれ。ほれデワやろう」
「はあ、、、オス」
しかたなさそうにデワはスーツの上着をボウイに渡します。
「よし、構えて・・・さあ、どっからでもかかってこい」
ここの床の格子模様ではデワの1歩は3コマ。私が4コマです。
カッサバ先生の説でいくと、デワの攻撃できる距離は最大で6コマ分ギリギリ届かない。
突きの距離はこれから正確に測ることにしよう。
デワが軽く前蹴りのけん制を出します。
これはまったく動く必要も無い。デワは私がまったく動くそぶりも見せないのでキョトンとしています。
「デワ、何やってる?本気で蹴れよ」
私は日本である高名な先生の組手を見たことがあります。
そのとき不思議だったのは、この先生は相手の突き・蹴りに対する反応がすごく遅く見えたことです。
相手の攻撃が届くギリギリまでまるで動かない。
フェイントなどにはまったく反応しないのです。
なのに相手の攻撃はまったく当たらない。これはどうしてかというと、その先生は相手の攻撃距離を完全に見切っていたからなのでしょう。当たらないと分かっていれば動く必要は無いのです。
かの剣豪宮本武蔵などは「見切り」を自らの兵法の極意にあげているくらいですから。
しかし、そこまで正確に間合いを読むことは達人レベルの技です。
その達人レベルの間合いの見切りを、私は今床の格子模様を使ってやっているのです。
これは面白い!
デワは攻撃がギリギリで届かないので、さかんにフットワークを使っていますが、私はそれに対して
最小限動くだけですべてかわす事が出来ます。達人になった気分だ。
「よしよし、デワ。こんなところでいいや。一休みしよう」
「はあはあ・・なんですかセンパイ今のは。センパイなにもしてないじゃない」
「ああ、あれでいいんだよ。ちょっとした実験だから」
実験はひとまず成功です。
私は今、私の土俵を手に入れたわけだ。
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