第2話 説明するのも面倒です。

私の記憶が事故の寸前で切れていること、また、その記憶のころにいた場所が日本という国であること。

その他諸々をアヴァに説明すると、ポンっと思い出したように掌を叩いた。

一気にスイッチが入った機械のように、意気揚々と話し出す彼女を見て、私は苦笑と共に溜息を吐いた。

どうやら、今の今まで忘れていたらしい。

私の説明がキッカケとなって、思い出した感じか……。


「そうです! この世界は異世界らしくて、昔から、違う世界の方……現実世界と言われている世界から、稀に転生してくる方がいらっしゃるのですよ。まさか、物語のテーマにされているなど、思ってもみなかったです! 現実世界の事をよーく知っている方は、勉強をよくなさる方々が大半ですが、現実世界ではキテレツな道具が沢山あるそうですね。実際に異世界転生でいらっしゃった方は、基本的に日本という国の方ばかりらしくて、そうそうお話することができなくて。ですので、是非ともタツミさんに教えて頂きたいのです!」


興奮気味のアヴァに気圧されながらも、私は一つの確証を得た。

この国、いや、この異世界では、現実世界……所謂私たちが住む現代社会を一方的に認識しており、更に転生者も当たり前のこととして伝わっている、ということ。

恐らく、昔からある話なのだろう。

詳しいことまでは流石に分からないし、私も考えられないが、少なくとも、転生者だからと迫害される危険性はない。

と言っても、私が本当にその転生者なのかどうか、まだハッキリとは言えないのだが……。

取り敢えず、興奮状態のアヴァを宥め、再度笑みを見せた。


「異世界転生を知ってるなら話は早いですね。私の見た物語では、ステータス画面のようなものを立ち上げる描写があったのですが、この世界には存在するのでしょうか?」


少し突飛な質問かなと、言った直後に後悔したが、アヴァは相変わらずの様子で首を縦に振った。

どうやら、異世界転生者は稀な人種らしい。

今の今まで忘れていたぐらいだし、歴史に名を刻む程のこと、なのかも知れない。


「ありますよ! 見せましょうか?」


元気な声音で言うアヴァに、じゃあと笑顔で肯いた。

まぁ、今は眼の前のことを吸収していくしかない。

適応能力だけはそれなりにあるし。

と、少し思っていると、虚空に手を翳し、短くゲルタと言った。

すると、淵の無い、タブレットのような画面が瞬時に浮かび上がり、そこに様々な文字と名前が連なった。

おおと、思わず声を漏らしてしまう。

本当にここは異世界なんだなと、再確認しながら、アヴァの説明にこくこくと肯く。

名前や年齢、職業や特技まで。

一応スキルという欄があるが、アヴァ曰く、この世界にスキルは存在しないのだそう。

ならなんで? と首を傾げてみても、未だに解明されていないものだから、私も分からないと、微苦笑を浮かべながら答えてくれた。

解明されていないなら仕方ないと、視線を再度ステータス画面に戻し、感想を述べた。


「凄いですね。本当にあるんだ。私の世界では、大体ゲームの中の設定っていう認識なんです。」

「ゲーム? 身体を動かすようなゲーム……ではないですよね?」

「どう説明したらいいのか解りませんが……まぁなんだろう、アヴァの言ったキテレツな道具の一つです。」

「へぇー。そんなものにまで、この世界のことが?」

「寧ろ、この世界を知ってる誰かが、モデルにしたのかも知れませんね。」


そう、くすくす笑ってみせると、アヴァも口に手を添えて笑った。

少しお茶目な部分もあるが、基本的には上品な大人の女性だ。

言葉遣いも丁寧で、優しい淑女という印象を受ける。

その柔らかな笑みを見つめつつ、私はふと思った。

物語と同じく、今後もここで暮らすのなら。

いつまでも丁寧語のままではいられない。


「あの……タメ語でも、大丈夫ですか? ここに転生したってことは、ずっとここで過ごさなきゃいけないし、丁寧語のままなのも堅苦しいでしょう?」


と言ったものの、もう大学生だ。

また後悔のようなものが湧き上がってき、アヴァの反応を窺った。

流石に初っ端からは難しいよなぁ。

と思ったが、意外にもあっさりと肯いてくれた。

本当にいいんですかと、身を乗り出して再度訊いてみても、彼女は首を縦に振るばかりだ。

ただ、アヴァ自身は丁寧語のままで、残念な気持ちと共に、まぁ当然だわなという自己嫌悪が浮かんできた。

無論、自分から言ったのだ。

やっぱり申し訳ないので暫く丁寧語で、と言える感じでもなく、違和感を抑えつけながら、小首を傾げてみせた。


「あのステータス画面って……私も持ってるものなの?」

「いえ、タツミは転生者なので、国の役所に行かなきゃいけないんです。戸籍とかもないし。」

「ああ、そうか……。そういえばそうだ。その辺のは大体面倒くさい。できれば今日中に済ませたいんだけど、どうかな?」


きちんと役所とかあるんだと、内心で驚きつつ、相手の予定を訊いた。

然しアヴァはかぶりを振り、寧ろ嬉々として肯いてくれた。

まだこの状況に慣れていないが、その嬉しそうな顔を見ていると、異世界転生も悪くないのかなと思ってしまう。

なら早く出掛けようと、布団をはぎ、出ようとすると、あっと止められ。

ん? と思いながら待っていると、一着の和服を片手に戻ってきた。

桜色を基とした、柔らかな色合いの浴衣だ。

少し申し訳なく思いつつも、袖を通した。

どうやら、身体つきや髪型まで変わっているらしい。

以前よりも大きく豊満な胸に驚きつつも、軽く襟元を正してみせた。

すると、アヴァは自分の娘のことのように喜び。


「凄く似合ってます! その服、貴方の服として使ってやってくださいな。」


ぱあっと、笑顔の花を咲かせた。

女神のようなそれに、思わずドキリとしてしまい。

慌てて視線を外し、頬を掻いた。


「あ、ありがとうございます……。」


ふっと、無意識のうちに丁寧語に戻ってしまい。

いやまぁ、初対面だから当たり前なんだけどと、少し自分につっこんでいると。

ふわりとした自然の香りと共に、首筋に触れられる感覚が走った。

えっと思ったと同時に、それがアヴァだと判り。

そして、腰まである焦げ茶色の髪を、結んでくれているということも、すぐに判った。

何とも言えない幸福感が、唐突に湧き上がってくる。

もしアヴァじゃなく、危ない奴に拾われてしまったら。

そう思うと、ゾッと悪寒が私を襲う。

本当に、この人で良かったと、妙な出来事に眼を伏せた。


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