ビビり転生者は幸不幸の狭間で葛藤を~愛は彼らを救う~

白銀隼斗

第一章 ストーカーへの宣戦布告

第1話 アイスクリームが食べたいお年頃

ある日のこと、私はアイスクリームを買いに、外に出た。

梅雨入りし、どこか湿っぽい空気が絡んでくるも、アイスクリーム欲しさに早足で道路を渡った。

刹那。

見るからにスピード違反な車が、煩いタイヤの悲鳴を響かせて。

右から飛び出して来た。

はっと、反射的にそちらを見る。

黒いセダン車。

ナンバーや運転手をしっかりと見る余裕は。

ない。

無論、唐突な出来事に硬直してしまい、筋肉は動くことなく。

ただ。

硬いものがぶつかった感覚。

のあと、空を飛ぶ感覚が、全身を撫でた。

なにが、おこった……?

状況判断の機能は停止し、私はただ、蒼い空を見つめ。

右腕を見た。

あれ、腕って、こう曲がるっけ?


@@@


「嫌だ!」


悪魔から逃げ惑ううち、私は大きく叫んでいた。

その叫びは、声帯を震わせた。

現実のものだ。

じっとりと全身に嫌な汗が噴き出てき、高鳴る心臓に左手を当てた。

随分と嫌な夢を見てしまったなと、少し眼を伏せた時。


「大丈夫ですか?」


と、若い綺麗な女性の声が、聞こえてきた。

えっと顔をあげると、和服を着た女性が、心配の面持ちで小首を傾げていた。

そういえば、ここはどこなんだろう。

悪夢に気をとられていたが、和風建築だと思しき室内を軽く見渡す。

女性も普通の恰好だし、どういうことなんだ?

確か私は、アイスを買いに外に出て、猛スピードの車が現れて……。

それで、ぶつかった……。

のか?

だとしたら、私は……。

生きていた、にしても、場所がおかしい。

なぜ病院じゃない?

この女性が私を助けてくれた、というのは身振り手振りを見れば判る。

然し……。


「だ、大丈夫、です。すみません……。えっと、あの、ここって病院、ですか?」


あまりにも不可解な状況に、一応小首を傾げてみせた。

もしかしたら、和風な個人病院なのかも知れない。

私が知らないだけで。

けど、女性はキョトンとしたと思いきや、かぶりを振った。


「ここは私の家です。今朝、薬草を採りに山へ出かけましたら、倒れている貴方様を見つけまして。勝手ながら……。」


丁寧な口調で言うと、そのまま軽く眼を伏せた。

倒れてる、私……?

ならやっぱり、車とぶつかった?

でもなんで、山に?

いや、もしかしたら、間一髪で避けたあと、何かしらで山に行ったのかも知れない。

……でも私が山に行くなんてなあ。

写真を撮りに、という理由はあるにせよ、詳しい人と一緒に行くし……。

と、悶々とした疑問符が頭のなかを駆け巡り、無意識のうちに眉間に皺を寄せた。

まるで、似たピースがあるのに、全く絵が完成しないような、もどかしさ。

もうこれ以上、私一人で考えられることはない。

取り敢えずは、この女性に色々と質問してみよう。

そしたら、一個ぐらいはハマるんじゃないか。


「あの、すみません。お名前は?」

「アヴァです。アヴァ・ウッド。」


アヴァ、ウッド。

その名前に、膝の上に投げ出した左腕を、軽く掴んだ。

外国人、ということか……?

まぁ確かに、白人っぽい顔立ちだし、眼も蒼い。


「じゃあ、ウッドさん。」

「敬称はいりません。気軽に。」


そう柔和な笑みを浮かべるアヴァ・ウッドさん。

日本語も流暢で、容姿も綺麗で、雰囲気も良い。

女の私でも惚れてしまいそうな彼女に、ぎこちなく小首を傾げてみせた。


「では……アヴァ、でいいですか?」

「はい。あの、貴方様のお名前は?」

「あ……九条辰美、です。」


何とも言えない緊張感を感じながら、フルネームを答えた。

然しウッドさん……いや、アヴァは、キョトンとした表情をまた見せてくれた。

次は長い。

どういうことだと、一瞬笑顔を消した。

だが、雰囲気は壊したくない。

すぐに作り笑いを浮かべ、頬を掻いた。


「女なのに、ゴツい名前ですよね。」


自虐ネタを咄嗟に言い、窺うように視線をやっても、彼女の表情は変わらなかった。

なぜ、という、混乱にも近い疑問が私のなかに湧き出てくる。

まるで、私の名前が分からないかのように。

アヴァはキョトンとしたままだ。

日本に住んでいるのに、日本名が分からない、なんて……。


「あ、あの……どうかしましたか?」


空気を保ちたいがために、私は比較的穏やかに小首を傾げた。

すると、ぱっと元の顔に戻り。

次は申し訳なさそうに、もじもじしだした。

え? と軽く眉間に皺を寄せた時。


「あのぅ……クジョウ、タツミって、どこの国のお名前でしょうか。タツミ、という苗字は聞いたことがありますが。」


衝撃の言葉を、返してきた。

どういう……。

え?


「国って……この国のです……。日本の。」


右手の人差し指を、下にやる。

だが、この私の一言で、互いの常識が大きく食い違った。

アヴァはまたキョトンとすると、まるで当たり前かのように、“ラサーワ王国ですよ”と答えた。

聞き覚えのない国名に、顔から笑顔が消える。

私が可笑しいのか?

それとも……この女の頭がいかれているのか?

と、そんな罵倒がいとも簡単に生み出されるなか。

突如として、私の頭のなかに、一つの単語が浮かんできた。

ハマらないピースとの間に、その単語は点滅する。

嘗てインターネットで見た、“異世界転生”という独自のもの。

それが、その言葉が、妙にピースたちの形を変えてゆく。

確証なんてない。

ただの妄想かも知れない。

意味不明な状況で、私の脳がバグを起こしたのかも知れない。

然しそれでも、ピースはハマっていった。

私は車に轢かれて死んで……。

“異世界に、転生した。”

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