スティレット

三船純人

第1話

「ごめんね……ごめんね」

静かに呟こうとしたが、荒い鼻息が止まず僕自身も聞き取れない。

可哀想に。まだ震えているじゃないか。


ああでも、僕もまだそうだ。もう少しすれば落ち着くかもしれないのに。


体の震えを止めてあげたかった。だから僕は彼女を抱きかかえてあげることにした。

床に膝を付けて少女が歩み寄れるようにしてあげると、なんだか遠慮しているみたいなのでゆっくりと手を伸ばした。揺れる音叉をそっと抑えるように、だ。

「ほら、大丈夫。僕はもう怖くないよ」

……いや待て。順番が変じゃないか?

もう僕は。じゃないか?まあどうでもいいかそんな事は。

「…………」

返事は全く帰ってこない。

少女は僕の腕の中で俯いたまま。真ん中にクマのデフォルメがあしらわれたピンク色のTシャツ。年相応って感じがした。


それから異様に静かな時間があった。

部屋の明かりは点いていないが、カーテンレースが真昼の光を招き入れる。人の声も、風に何かが揺れる音もしない。まるで僕たちだけが世界から置いてけぼりになったような。今この瞬間から時が止まったような。



一向に黙っている少女のために、僕は何ができるか考えるしかなかった。

(ああ、痒いなあ。くそ)

考え事をするときはいつもそうだ。

首筋の右側が痒くなる。

そういえば今朝は薬を飲むのも塗るのも忘れている。痒くなるわけだ。

なぜ俺は今日に限って襟のついた服を着ているんだろうか。逆手で隙間をこじ開けて、親指で掻いていく。



今度は膝の裏。次いで太ももの側面……とでも言うべきか。とにかくジーンズ越しに擦ってもまるで掻いてる気がしない。

ゴシゴシゴシ。ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ。

……ダメだ、まだ痒い。

こうなるともう止まらない。

「ひッ」



僕は一瞬、不安になって辺りを見回した。今まで何とも言わなかった少女が、初めて口を開いたのだ。

下腹部に……股の分かれ目に手を掛けようとしていたところ。

強引に手を突っ込んだ瞬間の出来事だった。

「……ああ!ごめんごめん。違うんだ。今の無し。もうしない。今後から気をつけるよ」

全く、なんて事をしてしまったんだろう。元気付けたいとか言っといて怯えさせてしまうとは。

「…………っ」

大袈裟にバンザイをしてみせるも、反応は無い。少女はそのまま名残惜しそうに、それでいて素早く僕の腕から離れていった。

Tシャツの袖が中途半端に捲れているのに、それを直そうともしない。

ああ、やってしまった。これじゃ逆戻りだ。

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