「花は桜よりも華のごとく」外伝
河合ゆうみ
第1話 黒夜叉見参①
白く薄い紙を貼った障子に、柱はべったりと朱く塗った派手な色彩。
雪洞に照らされる小さな部屋は相当年季が入っているようで、壁に少し煙草の脂がついているのが見える。
――ここは、どこだろう。
女たちの高く華やかな嬌声に、男たちの酒に酔った大きな笑い声。盃の触れ合う楽し気な音に、楽器の少し乱雑な響きが混じる。楽器の音階を充分に整えていないから、時折、とんでもなく音が外れる。そのたびに、座が賑やかにどっと沸く。
下手だけれども楽しんでいることが伝わってくる音色は、白火がこれまで馴染んできたものとはまるっきり違う。能一座の音楽は、囃子方のたゆまぬ鍛錬の賜物で、いつも見事だった。
耳をつんざくような笛の音に、驚いて顔をしかめる。これはひどい。まるで悲鳴だ。
「絶対、矢涼の笛じゃないな」
苦笑して、辺りを見回す。
見覚えのない小部屋。
部屋には誰も居ないのに、濃い白粉の匂いが鼻先にまとわりつく。雪洞に使われている安物の油のせいで、ひどく焦げ臭い。誤魔化すように燻らせている香と混じってかえって品がない。
こういう雰囲気を、白火は知っている。何度か来たことがあるし、縁が遠い世界でもない。
「遊郭……?」
どうして自分はこんなところにいるのだろう。賑やかな遊郭の中で、ここだけ切り取られたように静かだ。部屋には白火以外誰もいないし、障子の向こうを誰かが通り過ぎる気配もない。
朱塗りの柱に縛りつけられているから、腕は自由に動かせない。白火の身体に巻き付いているものは、女性が着物を着るときに使うやわらかな幅広の紐だ。薄桃色の絹でできた紐をぐるぐる巻いて、華奢な白火を柱に縛りつけている。
「だから、痛くはないけど……」
一体、どうしてこんなところにいるのだろう。
白火は思い出せない。
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