翼のお母さんである赤家博士ならどうするんだろう? 本当の子供のころの翼がなにか良くないことをしたとき、本気で叱るのか、それとも笑って諭すのか、赤家博士に直接会ったことのない静には判断ができなかった。

 翼はなにも言わない。

 ポケットに手を入れると、翼は小さなチョコレートを二つ取り出した。

「食べる?」

「食べない」

 翼はチョコレートを一つ口に放り込む。チョコレートは赤家博士の好物だった。

 翼はずっと赤家博士を慕っている。愛している。翼の体が夕日で赤く染まる。

 赤は翼の嫌いな色だ。たぶん血を連想するからだろう。真っ赤な空、真っ赤に染まる大地を翼はさっきからじっと見つめている。なにを考えているのか、その表情からは読み取れない。ただ静の目には、赤く染まる翼の姿がとても美しく映っていた。奇麗な光景、一枚の絵画のように一瞬の美しさを切り取っている。美を保存している。 

「今日はもう研究はしないの?」

 静は翼に声をかけた。 

「するよ。今は休憩中。静、口、大きく開けて」

 なんだろう? 静が口を開けるとチョコレートが飛び込んできた。しょうがないので静はチョコレートを食べる。

「美味しいでしょ。私の手作りなんだよ」

 最近、キッチンで練習していたやつだ。

 静は立ち上がると大きく背伸びをする。翼も静と一緒に立ち上がった。

「じゃあ家に帰ってご飯にしようか?」

「そうそう、お腹が減ってると元気が出ないもんね」

 翼は静の手を握ると催促するように家に向かって歩き出した。

 翼の手は、まるで氷のように冷たかった。

 その手の冷たさを、自分の手の体温で、少しでも温めてあげたいと静は思った。


 赤家翼は(天才だけど)料理が一切できない。

 だから、翼のくれたチョコレートはあんまり美味しくはなかった。

(誰にでも、どんな天才にも、一つくらいの欠点はあるものだ)

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