第17話


 ――春樹からはその後色々な話を聞いた。


何故俺はお前の家で寝ていたのか?という話から始まって、昨日の記憶がないと分かると花見は結局出来なかったのだと。


 何となく俺の記憶がないのは自分でもどういえばいいのか分からないがこう、記憶の線が切れたと思ったら繋ぎ合わされたというか、断片的に・・・こうゲームの回線がクソ重い時みたいなラグがあるというか・・・酒で飲み過ぎて前後不覚とはまたちょっと違う気持ち悪さがあったからストンと納得する事が出来た。


 新崎さんという今回の花見に招待してくれたギルド【トラミエル】の副リーダーに会った事や不穏な邂逅があった事、ダンジョンである妖精の花園のボスモンスター妖精女王ティターニアが俺の呪いを嫌い、殺しにかかってきた事。


 俺の呪いが発動して俺自身を飲み込んだのを新崎さんとティターニアが助けてくれた事、二人がダンジョンに花見に誘ってしまった事を申し訳なく思っていた事。


話を聞き終えて、俺は春樹に気にするな、俺自身が悪いことが殆どじゃないかと言うと、そういう事じゃないと言われてしまった。


不甲斐ない自分が情けないと言われた。


友達を助ける事が出来なかった、と。


桜さんや夢さんは冒険者としての力で俺を守ろうとしてくれたが、何も出来ずにいた自分が恨めしく感じたと。


 子供の頃に俺を置いて引っ越してしまった時と同じ様に俺はまた目の前で傷ついてしまう友達を見捨ててしまったと言われた。



「それは、違う」



 自然と口から出ていた。


俺の記憶はあやふやではっきりとしなかったが、覚えている事もある。


 俺に対して友好的な三人の顔を覚えている、俺に対して俺が傷つき心配した三人の顔を忘れていない事に安心を覚えた自分自身がいる事も。


今までで生きてきて俺が執着心を抱いた事はそうなかった。


家族も、実家が神社をしているから直系の血が繋がっている妹が出来た事で、自分の中で家族との繋がりが途切れてしまった様に感じて深く関わることを避けて、自分が傷つかない様に生きてきたから。


他の何に対しても根本的に避けてきた弱い人間が俺なのだと。


もしも俺がお前の立場なら逃げている、と。



「お前は助けてくれようとしたんだ」


「春樹が何も出来なかったなんてそんな事はない、あの場に居てくれた三人の顔は良く覚えてる、悪神にも奪わせはしなかった俺の記憶がその証明だ」


「・・・だけど」


「けどじゃない」


「でも!」


「でもじゃない!!」


「・・・っ!」



眼を伏せている幼馴染の友達がそこにいる。


まだ子供で呪いの事も分からなくて怖がられて避けられていた俺に出来た初めての友達が今俺の事で悔やんでいる。


嬉しくて気恥ずかしくそれでいて悲しくてやりきれない、心だけが暴れていて言葉が自然と溢れ出した。



「俺がどれだけ救われたか分かってんのか!」



一歩詰め寄った。



「俺が呪いで独りぼっちだった時に遊ぼうと声を掛けてきた時の気持ちが!俺が悲しい時にそんな顔をさせてごめんって言ってくれる人がいてくれる事が!」



驚いているのか、丸くした目を見据えてハッキリと言葉を告げる。


久し振りに大学で再開した時から明確に避けていた二人の間での子供の頃の何でもないありふれた悲しみの確執を、精一杯の感謝と嬉しさで埋める為に舌を動かして言の葉を紡ぐ。



「友達だって、言ってくれたろうがっ・・・!」



それは大学でも改めて再開した時にも言った俺達二人の言葉。


どちらもぎこちなく本当に言いたい言葉を隠した状態で何となくそれでも子供の頃の友達とこんなところで会おうと思ったわけでもなくたまたまあっただけのもう忘れかけていた様な縁の無くなった友達との薄っぺらい上っ面の脆い張りぼての絆の言葉。


『おう!ひさしぶりだな!』


酷い顔だったよな、お前は罪悪感を誤魔化して無理やり気まずくならないように敢えて明るく振舞って。


『お前は・・・春樹?』


本当は覚えていた癖に、恨めしいのを隠して知らないふりをしてまるで子供の頃の事なんて大したことでもないんだと、所詮は引っ越してしまっただけの事じゃないかと、初めての友達といきなりの再開で心の余裕なんてなくて薄っぺらな言葉を吐いて。


『友達だったじゃん!冷たいなぁ』


『あーそうだった!懐かしいな!』


そんな言葉で締めくくったどこにでもある様な復縁の言葉。


二人とも笑顔の下で本当は醜い顔をしてたんだ。


 何かを悪神に奪われても、俺の心は奪われない。


感情が、魂が、心が。


呪いによってひび割れ、断ち切れたような不確かなを埋めて、復元させようと新たに何かを構築させようとしていく。


 眼の奥が熱い。


渦巻く黒い渦の様な何かがボロボロにさせた何かをもう一度崩壊させようとするたびにまた、が同じ様に崩壊の端から紡いでいく。


今この一瞬だけ世界が違うものとして映る。


手を伸ばして春樹の胸倉を掴んだ。



「冒険者になれ」


「・・・は?」



 眼に見えない筈の何かが大きく渦巻く白い線の渦が俺と春樹を取り巻いて、同じようにそれを喰らう様に俺の悪神の恩寵カルス・ニヒツが俺自身の――いや、もっと高次元の分からぬ遥か遠くから俺の体を媒介にして呪いを運び同じく渦を巻いていくのを知覚する。



「パーティを組め」


「お、俺と?」



 己の知らぬ何かが起きている。


 世界に張り巡らされた無数の結界の穴を突くように黒い線が白い線を追い、それを遥かに上回る様なスピードで結界をものともせずすり抜けるように影響を受けず唯々力の渦を発散させていくように輝く光となって世界に確かに広がっていく白い線を幻視する。



「あの二人も誘うぞ、四人パーティだ!」


「・・・あの二人、中級って言ってなかたっけ?」


「知らん!!」


「・・・ハハッ」



眼の奥が熱い、光が満ちる。


黒い線が飲まれて、沈んで――。


弾ける様な音が、脳髄に響いた。



「ごっふ」


「・・・え?ちょ、おま、血!目、眼!ちょぉおおお!!」


「・・・無茶しすぎたかもしんない」


「無茶!?お前にとってどんだけ人をパーティに誘う事のハードル高いの!?血涙流すほど辛い事なの!?呪いの所為とは言えコミュ障拗らせすぎだろ!!」


「やば、病院――」


「うわぁぁぁぁぁ!」



何か誤解されてる気がするんだが、呪いの所為なんだよこれ、多分。


さっきの世界が知覚出来ていた様なジョブスキルとは明らかに違う気配察知ともレベルが違い過ぎるあの現象を不思議に思いながらも、赤く染まった視界で確かに何かを得る事が出来た確信が自然と笑みを作り、何かの反動なのか血涙の他に鼻血や耳からも血を流しながらゆっくりと抵抗なく昨日に引き続き意識を失った。



――今度こそ昨日とは違いを失うことはないのだというそんな直感があったから。


因みに春樹には後日キレられた。

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