第16話


「――呪いが気に入らないっつーのは俺の事でいいんだよな?」


「ええ、そうに決まってるったらっ!臭くて汚くて穢らわしい呪いかしら!見ているだけで吐き気がするのよ!私の樹に何かあったらどうするのよ!!枯れてしまうかもしれないんだからっ!」


「あ、だったら俺帰るわ」



ペラ回し、しゅーりょー。


 脳内に響き渡ったのは試合終了のサイレンの音。


何が嬉しくて殺されかけながらわざわざ花見をしなくてはいけないのだ、と。


自然と腕に力が入る。


 なんなら呪いも発動して俺の感情に合わせてビキビキと出てきそうなぐらいである、が実際に出たら大変な為感情を極力抑えてパンパンと服の土を落としながらそう言う俺に誘ってくれた二人がえ?と声に出し春樹が手で顔を覆いその後仕方ないとでもいいたげにため息を吐いた。


 そして何故かビシリと石像の様に固まった新崎さんともう二度と来るなって話なのよ!と悪態を付きながら言葉を吐いたティターニアを置いて帰る為に足を動かす。



「あ、荷物なんだけど三人で適当に処理しちゃって――」


「「「失礼されましたー」」」



花見用の食い物や飲み物を渡して帰ろうとしていた俺の前にはもう既に荷物を纏め帰る気満々の三人の姿が映っていた。・・・どゆこと?


 目を丸くして三人をみているとその疑問に答えるように口々にまくし立てた・・・新崎さんとティターニアに。



「ようするに東がデメリットの呪い持ちだから花見のメンバーには加えたくない、と」


「人を殺そうとしてくる所ではお花見は楽しめないって私思うんだ」


「私も呪い持ちなんで彼が駄目なら私も駄目よね」


「「「っていうか、一緒にお花見しようっていった(じゃん、よね、もの)!」


「・・・!」



 心の中でとてもポカポカとした感情が渦巻く。


・・・え?何?春樹はともかく二人まで?惚れちゃうよ?こちとら生まれからしてボッチだったスーパー陰キャであり呪い持ち。


 これまでの人生で凡そ人から受ける行為なんぞにいい事なんて少ししかなかったがホンの少し泣きそうになった。



「・・・ごめんなさいね、私の責任だわ」


「申し訳ありませんがこのダンジョンのボスモンスターであるティターニアがこういうんですもの。仕方ないですよ――ですけど、私達としても誘ってもらった身で何をというかも知れませんが仲間と命は大切なものですのでこれで」


「・・・本当に、ごめんなさいね」


「・・・縁があれば、また」


「いいえ、もう縁がなくなってしまったの」


「・・・は?・・・あの、それはどういう――っ!」



不意に。


体に渦巻く呪いの発生の兆候が言葉を強制的に遮らせた。


何か言いようのないものへと向けて放たれる俺の意志による自発的な発動では決してない自動の発動。


それでいて何時もの様にダンジョンで低級の呪いを弾かれる様に発動する呪いのソレではなく背筋も凍る様な何かが失われる感覚が体を支配する。



「――


「ッーー!!」



 呪いの発動は止まらない。


なにがしかをしたのか新崎さんの声が聞こえた気がしたがそれでもなおこの憎くて堪らない呪いは容赦なく俺から何かを奪い去っていく。


気付いた時には、膝を地面に付き手を喉へと伸ばし口を開けて空気を体へと取り入れようと喘いでいた。


一本の線が春樹と新崎さんの足へと微かに伸びていた気がするが頭がひどく痛み視界が周り吐き気が酷く体を動かせなくなっている所為でそれどころではなく、体中の力が無くなっている事に何故?という疑問が頭を埋める。


そのまま俺は意識を失い、このダンジョンを後にする事になってしまった。


結局その日の最後に見たものは最後に駆け寄ってきてくれた三人の顔だけだった。




――夢を見る。


 顔の無い悪神が嘲り笑う声が頭の中を埋め尽くす。ここは黒い黒い折の中、封印されているのか外部との世界とは隔絶された領域内。


 これまでで何度か夢を見た事がある、悪神のいる場所の夢。感覚でしか言えないが俺は確かにここを俺を呪った神のいる場所だと認識している。


 まるで神使が自分と契約した神の事を分かるように俺もまた呪われた事で分かるようになってしまったのか?


 答えはでないが兎に角、ここでなら俺は覚えている事や気付いた事が遥かに多い、がそれもすべて夢から覚めた瞬間に忘れてしまうのだろう、いつからかそういうものなのだと理解するようになった。


これはどうしようもない理解不能な悪辣な呪いなのだと。


ただモノが壊れるだけな筈もない、レベルが上がらないだけだなんて馬鹿げている。


そもそもの話、なのだ。


ここでは分かる。呪いが奪い去った何かと、これまでとこれからの何か。


【縁】がなくなってしまった――?


思い当たる節はこれまでに何度もあった。


気付くべきキーワードだった。


呪いについてある意味で一番近い結論に辿り着いたという直感があった。


 これまでの俺の人生で自動的にこうして奪われてきたモノはもっと概念的なもので、そういった事柄にすら干渉しうる高次元の存在。



実の両親との【縁】を。

親友との【縁】を。

将来の伴侶との【縁】を。

仲間との【縁】を。

頼るべき人との【縁】を。

神様との【縁】を。

神秘との【縁】を。

育ての両親との【縁】を。

義妹との【縁】を。

幼馴染との【縁】を。

縁を――。


ふとしたことで変わった運命も。


変えるべき【縁】を奪えば変わらぬ運命となる。


幸せという【縁】を奪えばその幸せはやっては来ず。


それは絶対的なバッドエンドへの道。


 ゲームで言うならば様な気持ち悪さと言えば、幾らかは飲み込みやすくなる。


【縁】を奪った事によりこの世界は容赦なくその辻褄を合わせにくる。


――例えばそれは――。




「それ、は・・・?」



――何、考えてたんだっけ・・・?


 木漏れ日が、いつの間にか運ばれていた恐らくは春樹の家のベッドであろう所にいた自分の顔に当たり、そこで初めて自分が寝かされている事に気づいた。


直前まで何か大切なことを考えていた様な気がするし目の前で眠っている友人に昨日の事を聞きたくもある。


どうするべきか、悩み。そして精一杯思い返そうとしてみても。


――――昨日の事も夢の事も。


まるで縁がなかったようにさっぱりと思い出せないのであった。






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