第5話

 錬金術の試験が終わった後、使用した器具を洗い場へと持っていく。


基本的にここの職員さんが洗ってくれるからそのまま置いていけばいいのだが何故だか先に試験を終えた天才少女が一人洗っていた。マメな性格なのか、それとも知らないのだろうか?いや、俺が受けたのはレベル15の試験だったし、知らないというのはないだろう。


となるとアレだ、錬金術師の中でもいるのだ。偶に人の使った後の錬金窯や薬品等を見て盗み学ぼうとしたりする奴対策か。レシピをパクろうとする輩はあれ程の天才的な感覚を持つ人ならば警戒するのも無理はないのだろう。


ま、凡人は大人しく施設を利用させて貰おうかな、高い金を払って試験を受けてるんだし、次の試験も控えてる。


生産系のジョブである【錬金術】は兎も角【シーフ】はダンジョンに潜ってたり軍の関係者だったりといった荒事に関係する奴の技能だから実技が9割の試験なのだ。


器具を洗い場へ置き次の試験の為に少し一息つこうとするとガシャン、と器具特有の金音がしたので少し振り返ってみると、何故か天才少女が俺の使った後の器具を洗おうとしていたので足が止まる。


え?ちょっとあの子まさか他の人のも洗ってあげようとしてるの?健気さんか?おい?でもそうするとまるで俺があの子に洗い物を押し付けたみたいじゃあないか!俺はそんなつもりはない!あの子にちょっと洗わんでもいいと一言―――って、あれ?なんか可笑しくないか?


そうして見ているのに気付いているのかいないのか、その子は洗うと思いきやまるで初めて見る素材を検分する時の錬金術師の様に俺の器具を扱い始めた。


は?まるっきりパクリみたいな行動だ。


俺の使った後の試験官からの匂いを知る為手で仰いで嗅ぎ始めるわ、マリシュ草の成分を分けるのに使用した別の薬草まで判別したり行程の手順を指で確認し始めたり秤に首を傾げたり俺の使った製造工程表のメモ用紙を手に取ったり――って、黙ってみてるんじゃなかった!どういうつもりかしらないが、これ以上は目に余る!



「お、おい!あんまり人のモンをジロジロみるんじゃあないぞ!そういう行為はマナー違反っつうか良からぬ疑いをかけられても可笑しくない行為なんだからなッ!」


「・・・ひぅっ」


「・・・そこにおいておけば自分で洗わなくてもここの職員さん達が洗ってくれる、そうでなくても洗うんだったら自分のだけにしておくんだな」


「・・・はぃ」


「・・・はぁ、もういいからその手に持ってるメモも捨ててくれ、あんまり見られていいもんじゃあないし恥ずかしいんだ」


「・・・っ」


「・・・いや、隠せといったんじゃあないんだが・・・」



そう言うと天才少女?はメモを後ろ手に隠すと急にもじもじとしだした、ドキリとする様な仕草だが怒鳴っていた所為か幾ら見目が良くても親に言いたいことが言い出せない子供にしか見えない。現実に自分よりも年下であろうとそのあどけない幼さが残る顔が殊更にその感覚を助長し、毒気を抜かれた気分になる。



「あ、あの・・・捨ててしまうなら、コレ、貰っても・・・?」


「え?」


「あの、そのコレ。とっても見やすくて分かりやすくって、良く錬金術の本に載ってるみたいなレシピみたいで・・・」


「君、マジで言ってる?」


「は、はい!それで、これ・・・」


「いやいや、ちょっと待ってくれ初対面だから質問するのもあまり良くはないと思っていたが、それはレシピみたいじゃなくてだ。君、もしかしなくても試験を受けるのって初めて?」


「え!すごい!良く分かりましたね!!」


「いやいやマジかよ、それで【錬金術】一発合格かよ、やっべぇな天才かよ」


「・・・あ、いぇ、その恥ずかしながら多分合格じゃなくて・・・」


「・・・?君はさっき実技合格で・・・って、おい、まさか」


「はい、お察しの通り、筆記が全然駄目で・・・今までお店で売ってた本を参考にして勉強してたんですけど・・・」


「君、ジョブのレベルを15で行き成り受験しただろう。それだよ。」


「え?ど、どれです?」


「君の持っていた本に書いてなかったかい?ジョブのレベルを上げる為には5レベル毎に受けた方がいいとかさ、若しくは受付の人に止められたり・・・基本的に5レベル毎に特別な問題がでるんだよ、壁って言うか、登竜門っていうか。だから5レベルから10レベルの壁にぶち当たった時には5レベルの知識が前提の何かがあったりする。今回は知識だったが、能力面の時もあるぞ」


「じゃ、じゃあ15レベルでいきなり挑んでしまった私は・・・」


「受かる筈もないな、まして幾ら実技が良くてもな」


「が、ガーンです・・・通りで強く止められたわけでした・・・」


「口に出してガーンなんて言う奴は初めてだ・・・っと、話過ぎて時間がない!それじゃあ俺はこの辺りで失礼する!!【シーフ】の試験も受けたんだ!」


「あ!私、瑞樹みずきって言います!色々ありがとうございました!」


「あ、ああ自己紹介ね、ひがしだ、それじゃ、急ぐから!!」



なんだって俺は親切に説明なんぞしてしまったんだ、全く・・・



「・・・あれ?メモ用紙、どこいっちゃったんだろう?さっき迄確かに持ってたはずなのに・・・あれれ?・・・あれー!?東さんのレシピー!!」



地面には、まるで呪いにより黒く散り粉々になった紙のような残骸があったが、しばらくすると世界から何らかの縁が切れてしまった様にその残骸も直ぐに消え去ってしまった。







『——それではこれより【シーフ】の10レベル試験を始めます』


場所は変わって試験会場である。ここは神様が創った空間で一対一で仮想の敵と戦う事が出来る空間だと告げられ、会場のドアを開いたのだが――。


草原。


辺り一面に広く広がる自分の足首程までの高さの草があるだけで太陽の他には時折吹き付ける風のみで思わず戸惑う。



『これから仮想の敵を出現させます、予め言っておきますがこれは仮想とはいえそのモンスターの動きや性質を模倣させていますのでそれによる危険は覚悟してください、命の危険は勿論ありませんが最悪の場合というモノは起こりうるのであしからず』


「あ、はい。わざわざ有難う御座います神様」


『・・・頑張ってくださいね。さて、今回の試験内容は気配の探知と捕縛です。仮想の敵の名前は透明ラット、主に草原などに生息する臆病なモンスターで魔法も攻撃手段も殆どがありません、ですが一つだけ厄介な点は姿を消す神秘の力、通称インビジブルモンスターと呼ばれるモンスターだという事です』


「・・・そいつを探して、捕まえる事が今回の試験の内容ですか?」


『はい。今回の試験では筆記は無く実技のみとなっていますのでこれをクリアすればレベルアップとなります。それでは制限時間は一時間。ギブアップはそこの扉からとなっていますので・・・透明ラットを出現させました。試験スタートです!』


「え!はや!って、扉は宙に浮く様になってんのか・・・へぇー」



みると何も無い草原に入る時に使用したドアが浮かんでいる。便利な空間だと思いながら試験の内容を反芻する。



「・・・今回の試練は結構楽かもしれないな」



よく初心者の試験受注者が陥るミスなのだが、こういう試験では基本的に自分の能力についての試験であるという事を忘れてはならない、という事だ。


正攻ほうで挑めと言えばよいのか。腕力の試験である大岩を壊せ、みたいな試験に対して魔法でぶっ壊しましたとかやったら当然試験は不合格になってしまう。


なので気配を探れ、と言われたら本当に探るしかないのだがそう言われても困るのがこの試験なのだろう、10レベルというだけあって難しそうだ、が。



「・・・あそこにいるな」



透明ラットの音を探ってもダメなのだ、周りを見てもいやしない、分からないなら大地に体を伏せて神秘を探る。


これなのだ、全ての源の神秘を探知すればいいのだ、この一定の空間に満ちる神秘の中で唯一動きのある神秘を探ればいい。


臆病だからきっと観察しているだろう、不審に思って動かないのなら、近づけば反応をする筈だから匍匐前進を・・・あ、意外とすぐ見つかったな、30メートルくらいの左下付近、警戒のわりに近いな。


後は5レベルの時に覚えた気配遮断を徐々に周りの空間に合わせていく。


俺は未だにレベルが一の所為で神秘が少ないからきっと近くにいたのだろう、弱そうと思ったのかそれとも気付かなかったのかはたまたその両方か。ゆっくり動きながら手を伸ばし――さっと首根っこをつまみ上げる。



『・・・驚きました、試験終了です』


「お、褒められた」



【シーフ】はやっぱり才能があるのかもしれない、5レベルの時もその時の神様に褒められたもん、罠解除の方が出来なくて10れべるまで一ずつあげるのに苦労した甲斐があったってもんだぜ。

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