乙女ゲームのヒロインに転生したので、モブキャラと結婚します!

小林左右也

推しキャラって何かしら?

 どうやらわたしには、今生きている人生の、もうひとつ前の記憶があるみたい。


 時々、目にした風景を「知っている」とか「見たことがある」って思う瞬間がいくつもあった。侍女の綾女あやめに話すと、それは「既視感」というもので、誰もが少なからず感じるものだと教えてくれた。

 以来、あまり深く考えなかったのだけれど、十二歳の誕生日、改めてその「既視感」に向かい合うことになったのです。


* * *


 庭師のゴウにお部屋に飾る花を切ってもらおうと庭園に足を運んだら、そこで見慣れない庭師を見つけた。

 ゴウと並んで庭木の手入れをする姿はまだ若くて、兄上と同じ年頃の男の子だ。


「ご機嫌ようゴウ。あら、この方が新しい庭師さん?」


 先週、庭師のゴウから新しい庭師が入ると聞いていたから不思議にも思わず声を掛けてしまったのだけど。


「ああ、そうだけど………」


 ゴウよりも早く振り返ったのは、男の子の方だった。でも次の瞬間には、突然その場に跪いてしまっていた。


「え? あの……」


 さらり、と肩から零れた自分の髪で気が付く。

 ああ、この銀髪のせいね。帽子でも被っておけばよかったかも……。

 皇族の証である銀髪は、嫌でも目立つから。

 庭師の頭であるゴウ、見習いのサイたちが普通に接してくれているからすっかり忘れていたけれど……わたし、一応は皇族でした。

 平民は皇族と直接言葉を交わしてはならないし、目も合わしてはいけないと世間で言われていたりするからだろう。


 でも、こういうの慣れないんだよね。昔から。どうしてだろう。


「ね、お願いだから顔を上げて?」


 けれど、男の子はぴくりとも動かない。

 困ったな、どうしよう……。


「ああ、姫様」

「ゴウ……」


 困ったわたしの様子を気付いてくれたみたい。作業の手を止めると、ゴウはくしゃりと笑った。


「後で離宮に伺おうかと思っていたのですが、ちょうど良かった。先日お話した新入りです」


 跪いた少年の側へ歩み寄ると、その細い背中をポンポンと叩いた。


「これが私の倅、カイです」


 少し癖のある髪は、日に焼けて濃く淹れた紅茶色。後頭部でひとつにまとめ、短いしっぽを作っていた。

 少し長めの前髪に隠れて、彼が今どんな表情をしているのかわからない。


「ゴウ、あなたに息子さんがいたなんて初めて知ったわ」

「遠縁の子を養子に貰ったのです」

「まあ……そうだったの」


 若い頃に奥さまを亡くして、ずっと独り身と聞いていたから息子さんがいると聞いて驚いたけど。養子ということなら納得だ。


「あなたの新しいご家族なのね。紹介してくださって嬉しいわ」


 本来なら皇族は使用人たちと直接口を利くことなどない。でもわたしは末っ子であるせいか、兄上や姉上たちよりは自由に振る舞うことを許されている……というか、放任されている。


 だからお城の庭園によく足を運んでいるうちに、そこで働く庭師たちとも親しくなってしまった。

 庭師の頭でもあるゴウもそのひとりで、お祖父様がご存命ならこんな風かしらと思ってしまう。


「初めましてカイ。わたくしは此花このはな。あなたは?」

「………」


 相変わらずうつむいたままだ。


「ね、お顔を上げてくださらない?」


 焦る気持ちを抑えてお願いするものの、カイは石像のように動かない。

 どうしよう……。

 助けを求めるように、彼の隣に立つゴウを見上げる。


「カイ、面を上げなさい。姫様はお前とお話するのをお望みだ」

「……はい」


 すると、カイは仕方がなさそうに顔を上げる。まだあどけなさが残る少年の顔を目にして、わたしは思わず息を呑んだ。


「……あなたの瞳は、雨上がりの空のような色をしているのね」


 頭に浮かんだ台詞を、思わず口にしていた。するとカイは驚いたように瞬き、初めてわたしと目を合わせた。


 知っている。わたしは、この人を……。


 これまでにない強い既視感。瞬間、頭の中にいっぺんに処理しきれないほどの記憶が押し寄せる。


 春の花々が咲き乱れる庭園。

 花を愛でる少女の姿を、そっと見守る庭師の青年。

 そんな彼に気付かない銀髪碧眼の皇女。

 設定はなんちゃって大正浪漫風。

 皇女の姿は小菊を散らした模様の紅色の着物と濃紺の袴姿。

 庭師の青年は綿の白いシャツと濃い草色のズボン姿。

 御付きの侍女は洋装で、城下の人たちは和装が多い……と洋装と和装が入り乱れている。


 国の名前は陽出流皇国ひいずるこうこく。明らかにモデルは日本だよね。でも民主制ではなくて絶対王政みたいな感じだし。

 それにしても主人公ヒロインが銀髪ってどうなのかな?

 ま、キャラ全員黒髪黒目だったら区別がつかないから仕方がないよね。


 ……って、今のは何?


 押し寄せる記憶に翻弄される。思わずふらついたわたしを、カイが素早く支えてくれた。

 まだ少年らしい細い腕だというのに、意外にも力強い。

 幼さを残した庭師青年、もとい少年のアップ!

 どうしよう、尊い! 尊過ぎて鼻血が出そう!

 さすがわたしの推しキャラ!

 ああ、今のスチルがあったら欲しい!


 ……って、これも何?

 頭の中に、今まで知らなかった単語がポンポンと飛び交うことに混乱してしまう。

 

「ごめんなさい、少し目眩がして……」

「大丈夫ですか?」

「もう平気よ、二人ともありがとう」


 ここで鼻血なんて噴くわけにはいかないわ。ここは皇女らしい気品溢れる笑顔で決めるのよ!

 なのに思い切り弛みきった満面の笑顔になってしまった。


「お会いできて嬉しいわ、カイ。これからもよろしくね」


 カイは一瞬惚けた顔になる。でもすぐに我に返ったように再び跪いた。


「……承知しました」

 

 初めて会ったはずのカイを知っている。でもわたしがよく知るのは、もう少し大人びた彼だったような……あ。


 ところで『推しキャラ』って何かしら?

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