第七相 リトマス試験紙は紅色に滲む

 私は我妻銀士郎と言う男が嫌いだ。

 初めは男性と言う性別を持つ存在だから単純に距離を置いていた。そもそも他のメンバーが揃いも揃って従順に受け入れる姿勢になっていたのも気に入らなかった。今までに築いてきたメンバーの輪に突然、今まで何の接点も無い、ただ成績優秀で雪乃が選んだだけの人間が生徒会に入ってくるのが納得できなかった。一年生の頃、私はまだ風紀取締役員が作られる前の独立した風紀委員で活動していたが、生徒会の面々はその時から私を快く受け入れ、女性だけの空間を保ちながら心地いい日々を送らせてもらえていた。

 だからこそあの男が気に食わなかった。どうせ女子と言う存在を意識的にしろ無意識的にしろ下に見て、言い様に弄ぶ本性が露見すると考えていた。私の純情を弄び、玩具の様に感情を貶した過去の男達が頭をよぎる。





 私が昔、まだ小学生だった頃。好きな男子が居た。今でこそ屑だと迷うことなく言えるが、まだ初心だった私は運動神経がよく見た目も整った彼に恋をしていた。

 所詮は小学生の恋愛。そう言った感情を抱きこそすれ大抵の場合何も起こらずに過ぎていくのが大抵の結末だと思ってる。

 でも私は、彼に想いを伝えた。

 火を噴きそうなほど赤面し、手も足も震えていたと思う。漫画などで得た知識ではあったが、精一杯の気持ちを伝えたつもりだった。

 でも、彼は私の思っていた『素敵な人』ではなかった。

 私の言葉を聞いた彼は肩を震わせていた。なんでだろうかと疑問に思っていた私の私の視界には、その場に彼以外いないはずなのに、何故か、彼とよくいる男子生徒がわらわらと姿を現した。

 そう、私は彼に揶揄われたのだ。私が想いを伝えるために呼び出した、その理由を見抜いたのであろう彼は、友人をその場所で隠れさせ私の告白の様子を陰から覗き笑っていたのだ。

 理解できなかった。彼の事を、私の王子様と言う勢いで信じていたのに。騙され、弄ばれ、辱められたのだ。

 その日は延々と泣き続けた。学校にも行きたくなくて、親に駄々を捏ね休んだ。私の中にあった悲しみは、暫くの休みを経て憎悪に変わっていた。唯一信頼できる父様に話を聞いてもらい、転校も打診された。迷いこそあったけれど、もうあの男の顔をみたくなかった私は首を縦に振り、少し離れた学校に転校した。それが『不知火学園初等部』。私はここの一貫校をエスカレーター組として上がっていった。中学の途中まで女子高だったし、なにより生徒会メンバーともその過程で友人となった。私にとって男は敵であり、ここにいる仲間だけが信頼できる人間だった。


 話を戻そう。とにかく、我妻銀士郎と言う存在が私は嫌いだ。

 でも、癪だし、不本意極まりないし、今でも男の事は嫌いだが。我妻銀士郎に関しては違う理由で嫌いだった。

 正直自分でも何故『男だから』ではないのかわからなかった。

 しかし、ここ一ヶ月私は嫌々ながらも見極めをするためにアイツを観察していた。そこでいくつかわかったことがある。

 1つは、『本当に我妻銀士郎は色恋沙汰に興味も知識も乏しい』点。私の主観で言えば、アイツは雪乃の言う『無い』ではなく『極端に乏しい』のだと感じた。ともすれば意図的とも言えるような知識収集の避け方にすら思えた。アイツの友人数人にも話を聞いた。徹底をするためにも必要だと思い男相手ではあったが何とか聞いたが、そこでも結果は同じようなもの。我妻銀士郎はその手の話には疎い。そして男女共にそも友人が殆ど居ないと言うこと。それらのお陰かはわからないが、ここ暫く生徒会の活動として共に行動する時間は他に比べて多かったが、アイツには今までの男にあった不快な感覚が一切なかった。取り敢えずそれはいい。問題は2つ目。

 それは『究極的に自分を捨てた他人の為の行動』。それが私には異質感を感じさせ、更には人間らしさを感じさせなかった。なんというか、自分がやりたくてやっているのならわかる。何かしらの意図を以てやっているのもわかる。だけれど、我妻銀士郎にはそのどちらも無い。

 気持ち悪いの。助けることが目的になっていると言えばいいのか。感情を原点にしない行動と言うのが正しいか。例えば子供が転んで怪我をしていた時に、普通なら意識無意識問わず、「かわいそう」「痛そうだ」と言った考えが発生して初めて助けるという行動に移るだろう。

 だけど、我妻銀士郎は「助ける」と初めから考えて行動する。感情によって行動するのではなく、行動してからその行動に適した感情を表している感覚。私は読心術も何も持っていない一般人だが、いくらか人の感情の機微を感じ取る力には長けていると自負している。だからこそ男の気持ちの悪い感情にも気付けるし、悪意もわかる。今までその技能で生きてきたからこそ、アイツはわからなくて怖い。

 そしてその嫌悪畏怖以上に怒りが湧いている。

 何故自分を顧みないのか。何故自分を粗末にするのか。何故自分を殺すのか。私は私を一番に考えているのに、アイツはアイツを考えない。だから嫌い。自分を大事にしない奴が嫌い。アイツは自分を考えないのに、嫌って粗雑に相手し時には暴言の様な事を言うことも自覚している私にすら気にかけてくる。嫌いよ。嫌い。

 生徒総会の就任式でもそう。アイツの言った言葉を全て覚えているくらいには最も力のある発言をしていた。


『まず初めに、俺はこれから俺が考える風紀の取り締まりをする。かつての慣例や風習もないものと考える。俺が風紀取締となった以上俺が取り仕切る。そこに異論や意義こそ認めるが最後の采配は俺が決める。会長だろうと誰だろうとそれは変わらない』

『だが、俺が俺の道理を布く以上、もし俺の道理がその場において正しくないとなった場合は誰の意見であっても話を聞き正す。それが上に立つ以上俺が持つ義務だ』

『俺は俺の為に風紀を取り締まらない。この学園全員が円滑に、不都合なく、全てを正しくいくつもりはないがなるべく正しく運営される様に俺を使う』

『その過程で俺に異を唱える者、風紀取締に異を唱える者、その他居るだろう。俺に直接言うのを躊躇い補佐役の紅結乃に言おうと考える者が居るだろう』

『先に言っておく。女だからと、俺より言いやすいからと言う理由でそちらに何かしら申し立てがあるなら俺に直接申し出ろ。俺に直接も言えない内容なら初めから言うな。紅に対しての意見ならまだしも、それ以外は全て俺へ頼む』

『それに伴いあらゆる風紀取締の責任は俺が負う。それの明言が今回の就任式で伝えるべきことだと俺は考えた、以上』


 就任式、しかも不知火学園生徒会史上初となる男子役員の台詞がこれ。第一声から何から傲岸不遜と形容できるもの言いに、私を含めた先にスピーチをしたメンバー全員が呆気にとられた。普段感情が然程表に出ない月夜や七望までもが目を見開き、雪乃に至っては舞台袖で必死に笑いを堪えていた。

 いきなりそんな発言もすれば勿論顰蹙は買うし文句も出る。初めの内はアイツの所に引っ切り無しに生徒が異議申し立てをしに来ていた。隣の席の私も、アイツの友人の優男もそれに巻き込まれたのはとんだ迷惑だった。

 でも、それも暫くすれば無くなった。アイツが全員説き伏せていたから。

 私は聞いた。

『アンタ、なんであんな挑発的な事を言った訳? 初めは大人しくするのが無難なのがわからない程無知なのかしら?』

 アイツはなんの気なしに応えた。

『俺と言うイレギュラーの存在でヘイトが生まれやすい以上、ヘイト管理やリスクヘッジは先に先にと手を打っておいた方が良い。俺のせいでお前やほかの生徒会の仲間にまで矛先が向くのは俺の本意じゃない』

 また他人だ。自分の事なんて一切気にも留めず私達への懸念を自分に向け策を講じる。嫌い。

 アイツの事なんてまだほとんど知らない。私にとって一番害であり避けるべき『男』と言う存在なのに、私の意識に巣食ってきて居なくならない。邪魔なのに、それ以上に何か引っかかる。

 私は自分を大事にする。自分の事を大事にできない人間に他人を大事にできる訳がない。アイツは他人を大切にしていない、かといって利用している訳でもない。理由がわからない。


 理不尽な嫌悪も嫌い。だから私は私の心に巣食うアイツへの、種類も何もわからない関心を明かす。私は私の心を明かすために、仕方がないのでまだ暫くアイツの、我妻銀士郎の側に立つ。




 嫌い。

 なんかわからないけれど嫌い。

 わざわざ私を助けて、普段ならしない表情で絡んできた男達を一掃して、心配だからと送る算段まで勝手に考えてる。

 そこまでする義理も無い上、普通の男なら感じ取れる邪な感情が無いのもわかってるからなお質が悪い。

 後ろからついてくるアイツの顔は、私の発言で疑問符に塗れていた。ざまあ見なさい。私はほくそ笑んで化粧品売り場に入っていく。どうせアイツは家まで送ると、梃子でも動かないのだろう。優秀なボディガードなのは確かではあるので、今はそれにあやかるのも手でしょう。

 そう考え、私は足取り軽く化粧品売り場に入っていった。律儀についてくるアイツの姿を尻目に。

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