3

 ビルから少し離れたところにあるカフェに場所を移す。

 私の正面に座った立花レイは小さい体をさらに小さくしていた。そして「すみません」と囁くような声で言う。

「謝って欲しいわけじゃないんです。理由を教えてください。動揺させてプレゼンを失敗させたかったんですか?」

「ち、違います。プレゼンへの参加は今朝急に決まって……。今日プレゼンがあるなんて知らなくて……」

 レイは少し声を震わせて今にも泣きそうな雰囲気だった。

「あなたとあんな場所で顔を合わせるなんて思ってもみなかったから、驚き過ぎて逆にリラックスできましたけどね」

 私はコーヒーを一口飲む。

 あの会議室で名刺交換をしたとき、レイの顔を見て昨夜の女子高生だとすぐに気付いた。

 でも、かわいらしい笑みを浮かべて「おねえさん」と言っていた彼女と、自分の存在を消すように控えめに佇んでいた彼女とでは随分印象が違う。

 その声や顔立ちは昨夜の女子高生と完全に一致している。それなのに身を硬くして俯いているレイからあの笑顔は想像できない。もしも人違いだと言い切られたら信じてしまいそうだ。

「あんな真似をした理由を教えてもらえますか?」

 私はできるだけ穏やかな口調で問いかける。

「あの……会社で菊池さんをお見掛けしてから気になっていて……」

 レイは少し顔を赤らめてオドオドしながらも白状をはじめた。

「駅でもお見掛けしたことがあって、家も近いことが分かって……。うれしくて、あの……仲良くなりたいと思ったんですけど、私のことなんて気付いてもらえないから……」

「気付いてほしくてコスプレしたの?」

 私は眉をひそめた。どうしてそんな発想になるんだろう。

「……はい。女子高生がお好きだと思ったので」

「昨日もそんなこと言ってたけど……私、女子高生が好きって訳じゃないわよ」

「でも駅で熱心に女子高生を見つめていたので、てっきり女子高生がお好みなのかと……」

 女子高生に妬みや嫉みを抱いていたことを言っているのだろう。そんなに真剣な顔で女子高生を見ていただろうか。なんだか妙に恥ずかしい。

「コスプレの理由はわかったけど、それでどうして『拾って』なの?」

「以前、ドラマみたいに癒されたいと言われていたのを聞いて……」

 ようやく繋がった。

 ドラマの話をしていたのはクライアントとの打ち合わせを終えて帰るときのエレベーターの中での雑談だったような気がする。あのエレベーターにレイも乗っていたということだ。レイは本当に私のこと熱心に見つめていたのだろう。仕事に必死だったとはいえ、そのことに全く気付かなかった私はかなり鈍感なのかもしれない。

「立花さんは、その……恋愛対象として私のことが気になっているの?」

 少し躊躇しながらも私は直球の質問をした。するとレイは顔を赤くそめて「はい」と頷く。

 レイの気持ちにどう答えるべきだろう。昨夜の行動は突飛だったが悪気があったわけではない。

 私はこれまで同性と恋愛をしたことがないけれど、レイが寄せてくれる想いに不快感はない。

 むしろ大人しいタイプのレイが私の気を引くためになりふり構わず行動してくれたことがうれしいくらいだ。

 私は昨夜のレイの姿を思い出した。まっすぐに私を見つめて浮かべた笑顔はかわいかったと思う。

 そうして目の前のレイを見る。今のレイはずっと俯いていて私と目を合わそう灯してくれない。もう一度、昨夜のような笑顔が見てみたい。

「事情は分かりました」

 私はそう言って立ち上がる。話は終わったという合図だ。

 レイは私の動きを追うようにしてようやく顔を上げた。立ち去ろうとする私に何かを言おうと一瞬口をあけがた、それが言葉になることはなかった。

 私は座ったままのレイを見下ろす。

「念のために行っておくけど、私、女子高生【は】拾わないから」

 はっきりとした口調で、【は】の部分にわかりやすくアクセントをつける。

 その言葉にレイは潤んだ瞳を見開いた。

「えっ? 【は】ってどういう意味ですか? 女子高生でなければ拾ってもらえるんですか?」

 急にレイの声が大きくなった。私は笑いを必死でかみ殺す。

「さぁ?」

 そうして私はレイをその場に残してカフェを出た。

 これからレイはどうするだろう。私の気を引くためにどんなアプローチを仕掛けてくるのか、それが楽しみだった。

 レイのことは嫌いではない。むしろ好感を抱いていると思う。しかしレイが私に対して抱く感情と同じなのかはまだわからない。

 それでも私はワクワクしていた。

 家路につく足取りは、まるで高校生の頃に戻ったかのように軽かった。



   おわり・・・じゃなくて

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