電車

仮重独楽

電車

 電車の中は閑散としていて、差し込む夕陽の光がやけにうら淋しかった。

 入口のすぐ横に座り、手すりに僅かに体をゆだねる私からは、無人の座席がかすかに揺れ動くさまがよく見える。窓に流れる景色は、今は、のっぺりとした家々が延々と続いているだけだ。よそよそしい、強いオレンジ色の光が眼に痛い。

 瞼を閉じても、その光が邪魔をして眠ることができなかった。座席から伝わってくる控えめでおだやかな振動にうとうととしながら、全身を包む心地よいぬるさを私は愉しんでいた。目を閉じた世界を受け入れることは、なんて気持ちがいいのだろう。

 くぐもった声でアナウンスが流れた。しばらくして、電車が止まり、ドアが開く。ホームから流れ込んでくる外の空気が、車内を僅かにかき乱した。私は目を開いた。目の前に男の人が座っている。

 また、妙な声音のアナウンスが流れて、ドアが閉まった。

 再びゆるやかに動き始めた電車の中で、私は少し瞬きをした。疲れたようにうなだれ、電車の揺れに身を任せている男の人をじっくりと眺める。

 あなたはだれ?どこへ行くの?なぜそんなに疲れたみたいに見えるのかしら。

 心の中で呟いて、ほほ笑む。

 ゆらゆらと揺れ動く中で、オレンジ色の光が少しずつ弱まっていく。男の人は完全に寝入っている。私は静かに座りながら、それを眺めている。

 私は膝の上で、左手をそっと右手で撫でた。銀色の指輪が、夕陽と同じようにそらぞらしく光っている。あたたかくて、おだやかで、目をそむけることは出来ない、そらぞらしい色。

 男の人がかすかに身じろいだ。この人はどこで降りるのだろう。まさか、ここでずっと眠っているわけではないだろうし。

 そんなことができたら、素敵なのに。その考えに、思わず笑みがこぼれた。こうしてずっと穏やかに電車に乗っていられたら、きっとしあわせだろう。目の前の男の人が私と同じ指輪をしていたら、愛することだってできるかもしれない。夫婦のように。

 くすくすと肩を揺らした。おかしなことを考えている。笑ってしまおうと思った。背筋に走る冷たいものに気がつかないように、こんな馬鹿なことは笑って忘れてしまおう。

 眠気を誘うアナウンスの声が、私が下りる駅の名前をのんびりと告げる。この閑散とした、優しい場所から離れるのが少し名残惜しい。男の人はまだ眠っている。降りる駅を寝過してしまわないといいけれど、と私は窓の外、紫色になった景色に目を細めた。

 電車は億劫そうに揺れながら、なだらかに走り続けている。


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