取り調べ

「で、アイツは誰だ?」


 取り調べ室のマジックミラー越しに犬耳男を眺めながら刑事の1人が呟いた。


「てか、何なんだアイツは?」


 倉庫から此処まで連行してきたが。手錠をした時も無抵抗でパトカーに乗る際も特に抵抗しなかった。

 そして、武器を持っていないか念の為調べた時に確認したが、奴の尻尾は実際に生えており、耳も同様だった。


「その、……判らんよゲイリー」

 尻尾を心配そうに振る男眺めていた刑事が振り返った。

「判らんってな。こんなふざけた奴が急に降って湧くと思うか?あの倉庫はバーグ警部が先に入った後に出入り口は封鎖されていたんだ。ジャック、奴はあの連続少女誘拐事件の共犯者だと俺は思うね」


 バーグ警部が撃たれ、イライラしているゲイリーを前に、ジャックは机に腰掛けながら話し始めた。


「奴は持ってた剣で犯人の右手を斬り落としてるんだ。本当に共犯者だと思うか?」

「仲間割れだろ?」


 ジャックはイライラするゲイリーに呆れつつも、犬耳男から取り上げた刃物類や武器になりそうな物を入れた箱を机の隅から手前に寄せ、一つずつ摘み上げながらゲイリーに見せ始めた。


「他にもだ。犬耳男を逮捕した時に色々取り上げたんだが、手にしてた剣の他に刃渡り6インチ約15センチの剣2本に刃渡り2インチ約5センチの投げナイフ2本、よく判らん寸鉄や棒。まるで中世から来たみたいだ。1つだけリボルバー拳銃を持ってたが、サタデーナイトスペシャルみたいだ」


 最後に摘み上げた拳銃は、警官も使う9ミリ弾を使うリボルバー拳銃だったが、アメリカの有名メーカーのロゴや刻印は一切無く、東欧諸語で何か文字が書かれていた。


「……サタデーナイトだ?」


 ジャックが言ったサタデーナイトスペシャルは安価で粗悪な拳銃の事で、暴発の危険が有るものが多いが、犯罪者が好んで使うものだった。


「物はそんなに悪くないな」


 ゲイリーは銃弾が収まったシリンダーを左側に振り出したり、シリンダーをフレームに納めた後、シリンダーを回すなどして具合を確かめた。


「シリンダーとフレームの隙間も少ないし」

 発砲時に出るガスが漏れるシリンダーギャップも殆無く、普段ゲイリーが使っている拳銃よりしっかりしていた。


『ちょっといいか?』


 マジックミラーが取調べ室側からノックされ、2人が取調室を見ると、犬耳男がマジックミラーに自分の手で陰を作り、此方の様子を窺っていた。


『未だ始まらんのか?』

 陰を作ったところで、此方側は見えない。犬耳男はしばらく覗いた後、取調室に置いてある椅子に座ると机の上に脚を投げ出した。


「とりあえず、俺から行くから」

 そう言うとジャックは事件のファイルを持ち、一度廊下に出ると取調室へ入って行った。




「……」

 部屋に入ったジャックを眺めつつ、犬耳男は机の上から脚を降ろした。


「お前には聞きたいことが色々と有る。だが先ず一言だけ言いたい……。席が逆だぞ」

 犬耳男はジャックの顔を見ると振り返った。


「此処に案内した時に反対側に座るように言ったはずだが?」

 犬耳男が振り返った先は隣の部屋から取調室を見るためのマジックミラー。

 最初に犬耳男を取調室に案内した時に、隣の部屋から顔が見える反対側に座るように指示をしたが、犬耳男は何故か刑事が座るマジックミラー側に座っていた。


「すまん、ついな」

 犬耳男はゆっくり席を立ち、反対側に座り直した。


 ジャックはそれを見ると短く溜息を吐き、事件の紙ファイルを机の上に投げてから席に着いた。


「それでは、最初に知らせるが。お前には黙秘権があり、供述は法廷で「俺の不利な証拠として用いられることが有る」

 犬耳男がジャックが読み上げた“権利の告知”を途中から自分で読み上げた。


「ミランダ準則は知ってる。……弁護士の立会は……まだ良い」


 態度が気に食わないが、ジャックは堪えた。何処か落ち着かない素振りだが、真っ直ぐと此方の目を見て喋る犬耳男を見据えて、聴取を再開した。


「さて、質問だが……、名前は?」

 犬耳男はしばらく黙った後、両手を机の上に組みながら名乗り始めた。

「フランツだ。フランツ・バーグ」


「っ!」

 銃で撃たれ、病院に運ばれた警部と同じ名前を名乗ったので、ジャックは眉をひそめた。


「出身は?」

「ニューヨーク市、ニューヨーク州だ。住所はブルックリン、キングストリート5−6だ」


 ジャックはペンを止め犬耳男の方を見た。


 犬耳男が言った住所は、バーグ警部の住んでいるアパートの住所だった。


「その犬みたいなのは何だ?」

「犬じゃない!……狼だ」

男の犬耳がピクリと立った。


「整形か?」

 頭がイカれてて、どっかのヤブ医者に大金を積んで整形でこしらえてもったのだと思った。


「自前だ!耳もだ!……触るか?」

「イヤ良い!」

 イカれた犬耳男の耳なんか触りたくないと、ジャックは即答した。


「……彼処で何をしていた?」


 色々と怪しいから問い詰めようかと一瞬考えたが、先に事件のことを聴取することにした。


「ふー……」


 犬耳男は長く息を吐くと左の方を向き、椅子の背もたれに寄りかかった。


「黙秘か?」


 犬耳男の仕草も、バーグ警部と全くと言っていい程同じだった。

 バーグ警部は信用できる上司だったが、時々下の刑事達が知らなくて良い事について話が及ぶと、今の犬耳男の様な仕草をしたのだ。


「俺は……別の場所に居た」

 調書を取りながらジャックは問い詰めた。

「何処に居た?」

 

「別の世界に居た」

 ジャックは調書を取っていたペンの動きを止めた。


「……薬か?」

 変な整形までする男なので、麻薬の常習者の可能性が高かった。

「違う。……尿検査の結果は出てるだろ?」


 犬耳男がマジックミラーの向こう側に向かって叫んだ。

「……ざけやがって」

 ゲイリーが犬耳男の態度に怒っていると、ドアが空いた。


「何だ!?ああ、署長。どうかしましたか?」

 部屋に入ってきた署長が暗い顔をしているので、ゲイリーは嫌な予感がした。

「病院から連絡が有った。フランツが死んだ」


『ふざけているのか?』

『俺は真面目だ、ジャック』


 取り調べ室での会話を聞き、署長が眉間に皺を寄せながら部屋に入ってきた。

「ん?おい、アイツ名乗ったのか?」

「いえ、名乗っては」




「っ!」

 自分の名前も言い当てたので、ジャックは目を白黒させた。


「上着の下。シャツの右袖のボタンを昨日落としたがまだ着けてないだろ?聞き込み先で鉄柵に引っ掛けた時のだ」

 確かにジャックは聞き込み先の住宅で、不注意から袖を引っ掛けボタンを飛ばしていた。


「俺は……バーグ警部だ。1925年8月11日生まれ、母親はアイルランド系のジェニー・ウィルソン、父親はポーランド系のトーマス・バーグ。1943年に陸軍に入隊して、1946年に復員してる。階級は少尉。その後、ニューヨーク市警で勤務している。此処の署長のハリス・ハワードと同期だった。……個人記録を参照してくれ。なんなら社会保障番号や軍の認識番号、バッジの番号も答えるぞ」

「……バーグ警部は病院に居る。お前は」


 本物のバーグ警部は救急車で病院に担ぎ込まれている。

「俺は直ぐに病院で死んだ……。今の俺は別の世界で生まれ変わったフランツ・バーグだ」

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