第19話
今の自分の心情を例えるならクーラーからゴキブリが十匹降ってきたときのような気分だとマコトは思う。
要するに最悪、発狂しかねない最悪のイベント。
しかも時と場合によっては地獄となる、例えば夜にそれが起きれば無数のゴキブリが部屋を徘徊し寝てる顔の上を歩く不快感、考えるだけでも地獄である。
だから自分がこんな豪勢な部屋でイケメンを睨みつけるのも致し方のない話なのだ。
道に迷い人混みに流され対人恐怖症を再発した自分を助けてもらったのは別に良い、感謝するべき事だ。
だが誘拐されるのは想定外、お話にならない。
「で、誘拐犯。いや鮭のムニエル、どういうつもりですかね?」
「すみません、突然連れてきてしまって...」
申し訳なさそうに謝罪されるが欲しいのは謝罪ではない、ただ元いた場所に帰して欲しいだけだ。
マコトは露骨に嫌そうな顔をして部屋のドアを開く。
見慣れた形状のドアがここがどこかを知らせてくるが嫌な予感しかしない。
開かれたドアの先には延々と続くのではないかと思うほどの廊下に美しい真紅の装飾、そして花が開いたかのような形状のシャンデリアが部屋を照らす。
白亜の壁は美しく壮大で頑丈さを言わずもがな示している。
窓から覗くは広大な街、美しく計画的に作られた王都が広がっていた。
この見覚えのある廊下に街を全て見渡せるほどの高所。
よって導き出される答えは簡単、ここは王城であろう。
「クソが...まぁ手間が省けたと考えたらいいのか...?」
「信条さん、この部屋は自由に使って良いですよ。今回王城へ招いた理由ですがあなたを探してる方がいるのです」
とても温厚な言い方だが聞くだけで吐き気がしてくる。
このお前の事情知らん俺の要件をやれ、そう言われている気がするのだ。
異世界に召喚されたのだって理不尽であるし選択肢を無くしてくるのは異世界の定石。
「はいはい...こっちの事情は御構い無しってパターンですね、さすが異世界糞食らえ」
「...機嫌を損ねてしまったのならすみません」
「良いよ別に、ただイラっときて隕石でも落ちてこねーかなーとか思ってるだけだから」
「それは普通に怒ってるのでは?」
「気にすんな。とりあえずとっとと用事を済まそう、誰が俺を探してるって?」
「大賢者の方々と異世界から召喚された勇者様がお探しです」
大賢者と異世界の勇者が何故自分を探してるのか思い当たる節はない。
一度その話は置いておきマコトはまず第一の確認としてこの弓の勇者が洗脳を受けてるのかを確認する。
彼の両眼の瞳孔は普通、人間らしく動いてごく通常だ、傀儡となっている人間は一切瞳孔が動かない。
生気が感じられないのだ。
まずは勇者が一人白という事で安心感が誠の心に芽生えた。
「じゃあとっとと用事を終えよう、どこに行けば良い?」
「この時間なら中庭で戦闘訓練をしているでしょう、お邪魔するのも行けませんし見学しましょうか」
「いやお前ら知ってるか知らんが見学する人間がいるだけで大分焦るもんだぞ...?」
「勇者様ですし大丈夫ですよ」
「勇者だって人間だよ...」
魔物を前に漏らしてしまった勇者サマを思い出し思わずマコトは零した。
魔王軍幹部に睨まれてちびったシンジはいい思い出、腹を抱えて笑ったものだ。
弓の勇者に連れられる事数分、廊下を抜けて大通路に出て中庭へと足を踏み入れた。
中庭とは言われているがかなりの広さがあり学校の校庭ぐらいはあるだろう。
様々な美しい木々が植えられる庭園に訓練のため設置された芝生。
よく見ると女騎士らしき女性に高校生ぐらいの少女が二人、そして近くで座っている銀髪のケモ耳少女。
どうやら剣技の技能を入手しようとしてるらしい。
ステータス魔法の項目の一つにあるのだが技能というのは一定数の経験を積むと表示される能力である。
決して特定の条件を満たせば超一流の剣技を振るうことができるようになるわけではない。
異世界だってそこまでご都合主義ではないのだ。
「どうですか?お美しいでしょう?」
弓の勇者が賛同を求めるが当のマコトは両眼を水魔法で洗い幻覚魔法の類を疑ってディスペルを続けていた。
理由は簡単、数百年前にアチラの世界に置いてきたはずの妹が目の前にいるのだ。
それに病人であったはずの彼女が今は元気に笑いながら木製の訓練剣を振り回している、あっ女騎士に注意された。
「なぁ、俺の頬つねってくれよ」
「いっいいですけどあなたちょっと大丈夫ですか?」
「大丈夫だ問題しかない、俺の脳が侵されてんのか両眼が燃えたのか、とりあえず頬抓ってくれ」
奇行の数々を理解できずにムニエルはマコトの頬を引きちぎらない程度に優しく引っ張る。
普通に痛くてマコトは涙目になり現実を実感する。
「本当に...桜なのか?」
「勇者様のお名前を知っていましたか、そうです、彼女が正規勇者の桜様です」
「まだその制度あんのな、桜...桜って同姓同名の全く同じ容姿の別人...なのか?」
なんせ百年が経っているのだ、人の寿命はせいぜい八十年、百年も経てば命を落とすのが道理であり世界のルールだ。
それなのに何故彼女がここにいるのか、何故彼女が今もまだ生きているのか、何故彼女が今笑って動けているのか。
わからない事だらけで脳が考えすぎて突然吐き気が胃の奥から込み上げてくる。
マコトはそっと座り込んで両眼をそっと閉じて深呼吸を一つ。
あれは別人であって桜とは違う他人である。
そう無理やり脳に理解させてマコトは立ち上がった。
「どうやら演習をやるそうです、これなら協力できますし行きましょうか」
「あぁ、そうだな。俺も勇者サマを見てみたいしな」
「では行きましょう」
弓の勇者の後ろをマコトは一歩一歩思い濁りの中を歩くような感覚を味わいながら歩んでいく。
たったの数十メートルの距離ですら今は程遠く感じてしまう。
後ろめたさに足を引き摺られ後方においてきたはずの’妹を助けるために努力する自分‘の世界と歩き続けた‘異世界での自分と信頼できる人を守るための努力’のぬかるんだ泥道を振り返らないと誓ったはずなのに今後ろに行くことを強いられているような気にさせられる。
動けないマコトを訝しげにみてムニエルは歩き出す。
妹が両眼を見えていなかったことを思い出しマコトは恐る恐る歩き出した。
最悪赤の他人扱いされても構わない、妹ならば余計にそう願ってしまった。
本当の家族を放り捨てて異世界という別の場所で自分は幸せそうに家族を作り上げている。
それがとても酷く最低な事をしたという自覚が確かにあった。
ムニエルが女騎士と話をつけてマコトに手招きする。
「彼が桜様が探していたシンジョウマコトさんです」
「はい、自分は
口から出た嘘、聴覚しかなかった妹では見た目では自分の正体がわからない。
結局嘘を使い現実から、自分の罪悪感から逃げ出したマコトは最もそれっぽい嘘をついた。
「こんにちわ、私は信条桜です。この国にはシンジョウマコトという名前の方が多いんですか?」
「そうよ、大英雄であるシンジョウマコトの名前を付けるのは結構あるわよ」
別人だと判断したのか知りもしない姿のシンジョウマコトを探す桜は困惑したように首を傾げる。
「王女さん、この人どうしましょう...」
「どうしましょうも何も...弓の勇者、何故彼をここに連れてきたのですか?」
「桜様と大賢者様のご命令でシンジョウマコトなる人物を捜索したのです」
「それでこの人を連れてきたと?」
「私の直感に従ったまでです、今まで外れたことがないでしょう?」
「そうですけれど...桜、何か兄だとわかる方法は?」
「ですね...ラノベを知ってますか?」
「なんですかそれは?」
二度目の嘘。
「病院費は高くつきますよね」
「さぁ?生まれてこのかた病院に行ったことがないのでわかりません」
三度目の嘘。
「兄さん、妹が健康で嬉しいですか?」
「兄ではありませんよ。もしいたとしても魔法で健康など帰れますし」
四度目の嘘。
「では、最後の質問です。貴方はーー貴方は家族が好きですか?」
「自分よりも、他の何に比べても好きです」
四度の嘘に一つの真実。
それを確かに聴き終えた桜はゆっくりと俯いて顔を逸らした。
静かに何か呟いた後に桜はいつも通りの笑顔で王女へと向き直る。
「迷惑をかけたのでしばらく泊めてあげても良いですか?」
「良いわよ?部屋は空いているし、勝手に連れてきてしまったのだから」
話が勝手に進みマコトは断ろうとするが何故か桜と王女は仲良く話してるのをみて雰囲気を壊す事ができなかった。
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