第18話
「いやちょっと...」
そう言って桜は逃げようとするが超高速で先回りされ一向に解放されない。
場所は王城の中庭近くの廊下、陽の射す陽気な1日の始まりのはずだった。
そう、信条桜は人生初のナンパにあっていた。
本からの知識でしか知らないが心の底から面倒くさいと桜は思っていた。
面倒臭がられていると知らない好青年風の男はにっこりと笑う。
金華草のような金色のブロンド髪に透き通った青い双眼。
まさしく美青年、絵に描いたようなイケメン。
だが鬱陶しすぎて桜内の独断と偏見と経験で語る好感度はマイナスに振り切っていた。
「お恥ずかしがりのようだ、頬を赤く染めて可愛らしい」
「いっいえ、その私の友人を探していまして」
「ご一緒しましょう」
「いいえ結構です、城の内装は暗記しているので道に迷うこともありませんし。なので結構です」
「勇者としての私の直感におまかせください、すぐに探し人を見つけて差し上げましょう」
「へぇ...そんなに凄いんですか」
もう既に返答が投げやり、だがそれを露骨に示すほど常識無しではない。
一つアイデアが脳裏に浮かび桜は心の底からにっこりと笑う。
「えぇもちろん、探し出して見せましょう」
ゲスい考え浮かんでることに気づかず弓の勇者はにっこりと女性を骨抜きにする笑顔を浮かべて言った。
「ならば信条誠を見つけて来てください」
心の中で桜はドヤ顔を浮かべる。
かぐや姫戦法とさりげなく名付けて彼女はそれはもう良いとこの令嬢か何かのように微笑んだ。
少なくとも美人の部類に入りそれも伝説の英雄が持つような黒髪黒目、この国の人間でその容姿に憧れぬ人間などいないその容姿。
ズキューンと弓の勇者のハートに矢が刺さった、だがしてやったりと思っている桜はそれに気づかない。
「もっもし私が彼を発見したら褒美をください」
こうして彼が敬語を使うのにも意味がある。
この国は階級社会、貴族などもいるような世の中。
特権階級である王族の次に偉いのが異世界の勇者だ。
異世界から召喚され神聖なる女神の力を与えられた人間、つまり御神体のように崇められるわけである。
その共通点は黒髪黒目、黒目といっても焦げ茶の色彩。
その次に権力があるのが彼ら勇者だ。
この世界で生まれた勇者になるべくして生まれた人間。
なのでこうして彼は桜に褒美を願ったのである。
「いいですよ?お好きにどうぞ」
「お好きに...とはなんでもという事でしょうか?」
「私にできる限りの話ですけどね」
もうほぼ話を理解せずにいい加減に話してる桜は気づいていない、この事を後で盛大に公開することとなるとは。
この時弓の勇者は心に命に代えても見つけ出して見せると考えた事を桜が知るのはほんの数週間後である。
桜に丁寧にお辞儀をして弓の勇者は自室に跳ぶ。
文字通り中庭から上空に飛び上がり城の壁を超人のように駆け上がって行った。
「なんでもありですね...」
ぼそっと桜は呟いて自分を呼ぶ王女の声の方向に駆け出した。
規則的に並ぶ王都の屋根上、綺麗に作り上げられた直上を全力で男が走る。
弓の勇者、クオニル=ムニエルは屋根上を駆けていた。
走れムニエル、全力で走れ。
彼は栄光なる異世界勇者である桜様と会話した後人探しの任についた。
大賢者に言い伝えられた事と内容は一緒、彼は思わず頬を緩め走る。
『私にできる事なら何でもしますわ』
考えるだけで頬が盛大に緩み身体中に力が溢れ出る。
体の要所要所を守るように作り上げられたミスリル製の鎧に国に伝えられる宝具である天弓、完全にフル装備での出撃だ。
彼の直感が確かにこう言っている。
信条誠は実在する人物であると、そして今も生きていると。
子供の頃枕元で聞かされた伝説の英雄、興奮せざるを得なかった。
「それにしても最近は治安が良いですね」
軒並み犯罪率が減っているので喜ばしい事なのだがムニエルの中でなにかが引っかかっていた。
勇者が王城を守護している為、犯罪率が低いのか。
憲兵隊が近年治安警備を努力した事で犯罪率が減ったのか。
極端に減ったのはここ最近数ヶ月、調べれば調べるほど不可解な点が出てこない。
だからこそ気持ち悪いとムニエルは思う。
「あの男怪しいですね...」
黒髪黒目の男、ビクビクとしながらガクガクと震えている。
同じ黒髪黒目と言えども桜様とは違うとムニエルは理解している。
勇者の伝説は有名すぎて黒髪に染める男は結構いるし、その男がろくでなしやダメな人間だと失望を隠せない。
脚力を生かし弓の勇者は弧を描き宙を舞う。
家の壁を蹴り空中三角飛びを市民に披露しながら男の前へと飛び降りる。
果物屋の近くで座っているので店側も迷惑しているだろう。
「君、こんなところでなにをしているんだい?」
「怖い怖い人混み怖いまじ怖いまるで人がゴミのようだ」
その男は軽く発狂していた。
まずガタブルガタブルとめちゃくちゃ震えている。
ムニエルはその異常性に気づき青年の額に手を当てると体温が冷えて行っている。
「大丈夫か君、どうしたんだい?」
「怖い怖い怖い怖いイケメン滅べ」
「取り敢えず近衛兵に引き渡しますか...」
明らかに異常な雰囲気、しょうがないと行った様子で弓の勇者は嫌な顔一つせず青年を肩に乗せる。
筋力値が完全に常人とは違う彼は簡単に肩に成人男性を座らせて歩き出す。
「貴方はどこから来たんですか?」
「怖い怖い人混み怖い怖い」
「しょうがないですよね、王都は人が多いですから」
ガタガタ震える見ず知らずの男に対しての神対応、これぞ勇者である。
しかも一切考えていない、自分の印象を良くしようとか考えずにこれだけのイケメン力。
だが相変わらず青年の震えは止まらない。
ムニエルには青年がどれだけの事を経験したのかわからない。
これだけ人に怯えるということはよほどのことがあったに違いない。
「私は一応勇者なので誰も危害を加えられませんよ」
安心させるための一言だが逆効果なのか青年の震えが加速したように感じられた。
「マコトさーん!!」
たったったっと白髪の女性が人混みを掻き分けてこちらに駆けてくる。
ムニエルは視線を素早く察して彼女が探してるのがこの青年だというのを素早く理解した。
「良かったですね、連れの人が見つかって」
肩の上に乗せた青年を静かに降ろしてムニエルは青年に優しく微笑む。
女性も彼の姿を見て安心したのか本当にホッとしたような顔をして立ち止まった。
「すみません、うちのマコトさんが。大丈夫ですか?」
「ユっユイ...?」
青年のハイライトの消えた両眼に静かに真っ白な光が灯る。
ひしっと両手を突き出して両手を触れ合う二人を訝しげに見ながら弓の勇者は何故か直感が囁きかけてきてここで止まれと言っている。
「もうマコトさん、今度は迷子になっちゃダメですからね?」
「あぁ...わかったもう二度と離さない...人混み怖い」
「まったく、今度こそ気をつけてくださいね」
マコトの極度の対人恐怖症、主に家族以外と十二時間以上一緒にいて人混みの中を歩いた際に発動する物だ。
家族と一緒にいたりすると家族ニウムを補充できて大丈夫なのだが王都のような人混みを歩いていてはすぐに切れる。
従って迷子の迷子のマコトは充電が切れたスマホ状態だったのだ。
やれやれといった様子だが確かに信頼関係が二人の間にある事が垣間見得た。
もし自分が桜様に言われたらとムニエルは妄想し、すぐに考えを振り切る。
あんな幼子をあやすような姿、まるで童子の頃に母にしてもらった時のよう。
白髪の女性が漂わせる独特の雰囲気もあるのだが安心感がある。
先ほどまで生まれたての子鹿のようだった青年が嘘のように笑顔になり、微笑み立ち上がった。
しっかりと手を握ってる所から二人の中の良さが理解できた。
「さーってと、あんた、ありがとな。めちゃくちゃ助かった」
「ありがとうございます、うちの夫が迷惑をかけて。..」
「いえいえ、ではご幸せに」
そう言ってムニエルは踵を返し信条誠探しを続けようと考え飛ぼうとするが肩を掴まれて振り返る。
「一応次会った時に礼したいから名前教えてくれよ」
「私はクオニル家の正式な後継者、ムニエルです」
「俺はシンジョウマコト、しがないフリーターだ」
互いに握手を交わし人付き合いのいい笑いを二人は浮かべる。
そして手を離しムニエルは今度こそ行こうと考えるがその名前が引っかかり足を止める。
シンジョウマコト...信条誠...
「働かなくて良いと私は言っているんですが...ちっとも聞いてくれないんですよ」
「いやだから変な罪悪感が来るからやめて...」
もしかしたら、もしかして。
そんな可能性を考えてムニエルは振り返りマコトと呼ばれた青年の手を取った。
突然の行動に青年は困惑したのか疑うようにこちらを見てくる。
「貴方を連れて行かせてもらいます。『リターン』!!」
超高級品である転移魔法石を使用しマコトと弓の勇者二人が光に包まれる。
そして前回と同じくユイは手を伸ばしたどり着く前に彼らの姿は何処かへと消えた。
そこにはポツンと取り残されたユイだけが残されていた。
どうしてこう私ばかりこんな目に...
怒り露わにユイは右手を強く握りしめてにっこりと笑う。
いつだって笑顔は大事だ、マコトさんも好きだと言っていた、つまり笑顔は大事だ。
「悪い子供は成敗しないといけませんね」
割と冗談抜きでキレたユイは空中に手を伸ばし鎌を取り出す。
誰にも見えないような高速で鎌は振られ歪んだ空間の中に彼女の姿は何処かへと消えた。
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