第15話
宿屋に入ってまず最初にマコトはこう叫んだ。
『ミートパイくれ』
宿屋の予約を入れるでもなく、空きを確認するでもなくただ一言飯をくれ。
流石の店主もお前かぁ...と察した表情で厨房に入り数分後には皿いっぱいに載せられたミートパイを持ってきた。
香ばしい肉の匂いに上手い具合に焼かれた生地、昔と変わらず作られた最高の一品。
マコトは世辞抜きにこのミートパイが宇宙一美味いと心の底から思った。
口の中に含んだ瞬間あふれんばかりの肉汁が口を満たしサクサクとした生地の表面にもっちりとした中、ものすごく美味い。
「うめぇ...うめぇ...」
「大袈裟じゃないですか...?」
「お前も食えよ、宇宙一寛大な俺が別けてやろう」
ドヤ顔でマコトは切り分けた一切れを皿の上に乗せてメイリーの前に出す。
「料金私持ちですがね、ですが要りませんよ。吸血鬼は基本霊魂を食べてるんでそれ以外からは本当に微量しか摂取できないので無駄ですよ」
「それが銀髪っ子が滅びかけてる理由だっけか?」
「吸血鬼です。それと...今日魔法使いすぎて魔力が切れかかってるので後で...その」
「エロ展開か?18禁は厳禁だぞ?」
吸血鬼といえばソッチ系の物だろう、分かる。
マコト的にこれはあくまで救命活動なのでセーフなのだ、決してエロではない。
つまりこれはエロ展開ではないのではないだろうかとマコトは理論を脳内で固める。
「いや違うな、これは18禁ではない」
そう、誰が人工呼吸を性的として批判する?誰が善良な市民を救う行為を18禁と呼ぶ?
「これはあくまで救命行為なので18禁でもなければエロでもない!!」
「あなたは大声で何言ってるのよこのロリコン!ナニを考えてるか知らないけどそんなことやらないから」
周りに座ってた客がじろっとマコトとメイリーを見る。
視線が集中してる事に気付きマコトは若干申し訳なさそうな顔を浮かべる。
やはり根は真面目なのだろうとメイリーは若干マコトを見直した。
「おいおい、お前が大声を出したせいで周りの人がびっくりしてるじゃないか、全くこれだからガキンチョは...」
「あなたでしょ!?九割ぐらいあなたでしょ!?」
前言撤回、このろくでなし最低だ。
メイリーの中で普通と少し上ぐらいだった好感度も急降下だ。
だがそんなこともいざ知らずマコトはヘラヘラと笑いながら立ち上がってペコペコと謝り始める。
「すみませんねぇ、うちの子が、後で言っておくんで...」
「本当に今すぐにでもぶん殴りたいはその笑顔!」
「こらっ、今言ったばかりでしょうが!しょうがない子ねぇ」
「いい加減にしないと怒りますよ...?」
割と冗談抜きで殺気を放つメイリーは一度置いといてマコトは一度フォークを置いておっちゃんにちょいちょいと手を振る。
本当に露骨に嫌そうにおっちゃんはマコトの前に立つ。
「まっ、ガキンチョ弄るのは置いといておっちゃん、泊まりたいんだが部屋空いてるか?」
「この一文無しが、タダで泊まれる宿はないぜ?」
「残念だったな。今日は財布を持ってきた」
「誇りもねぇのか兄ちゃん、女に奢らせるなんてよ」
「はっ、俺は真の男女平等主義者だ、理由のない暴力は容赦のないヤクザキックを返す。そして女だからって奢ってはいけないという差別もしない」
そうそれは某ク◯マさんのように。
ちょっと足が滑って女の顔にドロップキックを喰らわせられるのだ。
マコトだって鬼じゃないので痛みの記憶だけを残して外傷は全て治す。
奢るのが男の専売特許ではないとマコトは言いたい。
たしかに所得が男性の方が多い事もある、だがそれはそれこれはこれ。
男に一方的に払えというのはわがままであるbyマコト(あくまで個人の意見です)というテロップも入れておく。
「で、何しに来たんだ?」
「だから今日は客として宿借りに来たんだよ、値引きしてくれ」
「店に堂々と値引きしてくれとかいうアホは十割増しで十分だ」
「冗談が通じねぇな、てか十割増しってぼったくりじゃねぇか!?」
「じゃあここはまけて二割り増しだな」
「増えてるぞおい、全然値引きしてねぇ」
「うちは定価でしか商売しねぇんだよ。払えないんだったら出てきな、おかえりはあちらから」
そう言って親父は態とらしくゴミ箱を指差す。
「俺の家はゴミ箱じゃねぇよ!?まぁいい、おいメイリー要件はどれぐらいで終わる?」
「二週間あれば十分よ、あなたの用事は知らないけど適当に加算しといてよ」
二週間でこいつの要件である他の候補者を潰せると考えているのかとマコトは勘繰る視線を向ける。
二週間以内で倒せる確信があるのか二週間で何かしらが起きるのか。
例えば二週間後、二週間以内にそいつらが王都を攻めると言うのなら話はわかる。
やってきた候補者を堂々と叩き潰せばいいのだから。
できるだけの準備を整えていくのだから余程の自信があるのか自分に過度の期待をしてるのか。
よくわからないがとりあえず言えることは一つ。
これ絶対面倒くさいやつだと。
最初は指輪を取り返すと言う目的だったのが聖杯戦◯もどきに巻き込まれてる。
もしその候補者とやらを倒すのに加担すれば自分は他の奴らにも目をつけられる。
要するに 面倒ごとしか発生しない、それでいて王城に侵入するのに果たして本当にメイリーの助けが必要かと言う話。
はっきり言って損しかないだろう。
「なぁなぁメイリー、やっぱこの話なかったことでダメか...?」
「?どうして?やるって言ったじゃない、そのかわり貴方の要件も手伝うって」
「はっきり言ってお前に協力するデメリットこそあれどメリットが皆無なんだよ。最悪肉壁ぐらいしか使えねぇし」
「なっまさか今になってやっぱなしはダメです、許しません」
「いやマジで本当にお前の力を借りるよりイイダさんとかユイの力を借りた方が数十倍楽な気がすんだよ」
方や八星位の魔導師、方やエルフ最強と謳われた七星位に相当する力を持ったエルフ。
どう考えても吸血鬼のポンコツ王女では釣り合わないと言う話だ。
その上降りかかる火の粉が多すぎてメリットはマイナスに近い。
マコトからしてみれば理不尽な選択肢をノリで選んでしまったと言うことだ。
「約束は約束よ、破ってはダメ」
「はぁ...なぁもし俺がお前を助けたら何が貰えるわけ?明らかにお前の手助けじゃ釣り合わないんだが」
「貞操を重んじる吸血鬼に何を要求する気ですか?」
「うっせぇこのエロヴァンパイア、エロフと一緒に同人誌のおかずになる気かよ」
もう既になってるのをマコトは知ってるがあえて言わない。
エロヴァンパイアよりもいい言い方がある気がしてならない。
エロフという呼び方を思いついた人間はおそらく天才だろうとマコトは称賛の声を心の中で送った。
「エルフなんかと一緒にしないで、あんな野蛮な木々が凶化して歩いてるような奴ら...怖すぎよ」
「それにな、18禁展開はNGだ。ガキがませた事言ってんじゃねぇよ」
「ませてません、それに私は19です、もう子供じゃないわ」
「子供じゃないって言うのが子供の証だ」
「そう言う貴方だって数年私より長生きしてるぐらいで偉そうじゃない」
「若く見られるが俺実際百二十九歳でね...」
「その百年空白でしょ」
「それでも俺の方が年上、とりあえず老害の言う事は聞いとけ」
マコトはそう言って会話を終えて最後の一切れを口の中に突っ込んだ。
むっしゃむっしゃと噛んでいる途中で話が終わったと見たおっちゃんが口を開く。
「で、お二人さん、泊まるのか泊まんないのか早く決めてくれないか?こっちだって暇じゃないんだ」
「二週間一部屋でお願いします」
「だからあれほど18禁展開はNGだと」
「ちっ違うわよ、節約よ節約、資金は節約して使うのが普通よ!」
「建前ですねわかります...まぁいいやそれで、おっちゃんよろしく」
「これから毎日憎ったらしいその顔を見なくちゃいけねぇのか...」
本当にだるそうにおっちゃんは呟き眉間を揉みほぐした。
ちなみにこのおっちゃんとマコトが会ったのは九年前である。
その日がおっちゃんの厄日として刻まれたのは言わずもがな、一生忘れられない最悪の二週間を彼は過ごしたのだ。
それはある暖かい春の二週目あたり、近くの魔物を狩りクエストをこなすために冒険者たちが宿に泊まりに来る一番の稼ぎどきだった。
おっちゃんはいつも通り早くに起きて食事の支度をして一度外に出た。
彼の日課は朝にシンジョウマコトと言う名の英雄の石像を見る事で始まる。
祖父が嬉しそうに話していた伝説上の勇者、彼はとても誇らしそうに英雄の話をしていた。
うちの宿の看板メニューであるミートパイも勇者が気に入ったものらしい。
そんな縁もあって商売繁盛を石像に願っているのだ。
そしていつも通り踵を返して今日も仕事を頑張ろうと両腕を伸ばした時背後から異様な音が聞こえた。
不運にもおっちゃんはその時振り返ってみてしまったのだ。
先ほどまで決死の覚悟を顔に浮かべ手に乗せた指輪を眺めていたはずの石像が動き始めたのだ。
コロンと彼の手から指輪が落ちた。
異常な音を立てて両腕が動いた。
石が人肌へと変わるように両足が動き始めた。
その異様な光景に口を開いてみていると遂に石像は一人の人間へと変わったのだ。
異常事態におっちゃんは口をパクパクと開いたり開けたりを繰り返し、こう言った。
「勇者...?」
童話に出てくる黒髪黒目の男、それがいま眼前にいた。
「おい!ここはどこだ、今、今何日で、どれぐらいに日数が経った!!」
おっちゃんの姿を見た勇者は目に見えぬ速さで接近し胸ぐらを掴む。
突然の事態に目を白黒させながらもおっちゃんはこう呟いた。
「何が...貴方は...」
「早く教え...」
鬼気迫る表情で迫ってきた男は突如口の端から血を垂らして地面に突っ伏した。
石畳の合間を縫うように血液が流れ男はいまにも死にそうな様子で呟いた。
「ユイ...」
これが勇者と宿屋の親父の出会いであった。
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