Ⅱ-4 妬いて、焼かれるサンセット

 

 カゲロウ達は、ビーチボールと和の帽子を回収して砂浜に戻った。オキゴンドウは、砂浜までカゲロウ達を送り届けると、仕事に戻るために海の方へ戻って行った。


 和は、パラソルの下で、ビーチチェアに寝そべりながら、パンフレットを読んでいたいた。


「あ、おかえり」


和がカゲロウ達に気付いて、顔を上げた。カゲロウは、帽子を差し出した。


「結構時間かかったね、何かあったの」


和が、帽子を受け取りながらカゲロウに訊いた。


「まぁ、別に大したことでもねえけど」


カゲロウは、オキゴンドウに会った事と、彼女の担当飼育員が、自分の大学時代の友人であった事を、和に話した。


「えっ、仁茂くん?」


和が、そのカゲロウの友人の名を聞いて、目を丸くした。


「知ってんのか?」

「仁茂英明でしょ?そいつ、私の幼馴染だよ」

「マジ?」

「多分だけど、でも間違いないと思うよ。仁茂なんて珍しい苗字、そいつしか知らないし。そっか、アイツもここで働いてたんだ」


和が、昔を懐かしむように、海の向こうを見てそう言うのを見て、カゲロウは何故か胸の中がモヤモヤする感じがした。


「で?どんな子だった?その仁茂くんが担当した子って」


和が、カゲロウに訊いた。


「え……、あ、あぁ、真面目そうで、よく笑ういい奴だったよ。コイツらともすっかり仲良くなってさ」


カゲロウは、フウチョウ達を見ながら言った。


「ゴンちゃん、スき」

「ゴンちゃんともアソびたい」


二人とも、いつもの淡々とした様子は崩していないものの、オキゴンドウの事を本当に気に入っているらしい事が、声の調子から読み取れる。


「そっか。じゃあ今度、仁茂くんと連絡取ってみるよ。で、みんなが都合良い時に集まって遊ぼ」


和がそう言うと、フウチョウ達は嬉しそうに、勢いよく首を縦に振った。


「うん……あぁ、そうだな」


カゲロウは、まだ、仁茂の事を話している時の和の様子が、頭の中に引っかかっていた。


「あ、ねぇカゲロウくん。今日のディナーなんだけど」


和が、パンフレットを再び手に取ってそのページをめくり、カゲロウに見せた。


「今の時期だと、海鮮料理のフルコースがお部屋の予約と一緒につくんだって。今からすっごく楽しみじゃない?」


和が開いたページには、色とりどりの豪勢な海鮮料理の写真が、見開き一杯に並べられている。


「ナゴミ、この、ヒダリシタのヤツ」


カタカケが、パンフレットの見開きの左下を指さして言った。


「コレ、なんだ?」

「ああ、これは、イカ墨のパスタ。ひょっとして黒いから気になった?」

「うん」

「やっぱりね。きっとすっごく美味しいし、カンちゃんもカケちゃんも、気に入ると思う。私も楽しみ」

「イカスミとはどういうモノなんだ?」

「ああ、それはね……」


和とフウチョウ達は、今夜のディナーの事で盛り上がり始めた。一人残されたカゲロウは、もう一つのビーチチェアをパラソルの下に引っ張り出し、そのまま日光浴をすべく、仰向けに寝転んだ。



 次に気が付くと、カゲロウは川の土手に寝そべっていた。

カゲロウは身体を起こして、辺りを見回した。すると、左隣に、女が一人、体育座りのような姿勢で、顔を両膝に埋めて佇んでいた。カゲロウは突然その女が視界に入ったことに驚き、一瞬身体が飛び跳ねるような感じがした。

するとその女も、カゲロウの存在に気付いたのか、同じような反応をした。


「あ……えっと、どーも」


カゲロウが、とりあえずと言った感じで、女に挨拶をした。


「あ……は、はい」


女も、戸惑いながら返事をした。艶のある栗色の髪をしていて、ぱっちりとした大きな目に、健康的な色の肌。大人っぽさの中に、どこか少女のようなあどけなさが残る顔立ちをした、一目見てすぐ美人と形容できる容姿だった。でも、その女の目は、少し、赤く腫れていた。


「いや、その……こんなところで、そんな感じで、どうしたんすか」


カゲロウは、女のその目の色の理由が気になって、思わず訊いてしまった。


「あ、いえ……大したことじゃないんです。ただ、仕事でちょっとミスして……悔しくて」


女は、そう言いながら、目をこすった。


「そっか。じゃあ、俺と一緒っすね」


カゲロウは、女の目の色の理由がさほど深刻ではなさそうな事と、今の自分と似たような状況であった事に、安心感と親近感を覚えて、そう言った。


「あなたも?」

「ええ。あ、俺、フレンズの飼育員やってるモンなんですけど。勉強の合間に気分転換だって遊んでたら、調子に乗りすぎて、怪我させちまって」

「あら……それは大変」

「でもって先生に事情を説明したらそらもーこっぴどく怒られましたわ。飼育員として恥を知れだのなんだの。……そういや、お姉さんもあそこの先生と似たようなカッコしてますけど、もしかして、あの病院の人?」

「ええ……はい。今年度から、特動医……あ、フレンズの医療担当としてお仕事することになったばかりで、研修中で」

「マジっすか。じゃあひょっとして俺とタメじゃないっすか?」

「え?」

「俺、23っすよ」

「あ……ホントだ、同い年」


それから、二人は何となく、自分の事や、お互いの仕事の事についてを語り合い始めた。


 女は、自分は、このジャパリパーク内にある医療専門学校で、特殊動物医、つまり、フレンズの医師になるための教育を受け、首席で卒業した優秀な成績の持ち主であったと言う。

ところが、いざ現場で仕事をしてみると、自分の思い通りにならない事がたくさんあり、順風満帆だった学生時代とは大きく違い、幾つもの壁にぶち当たった。

そんな自分をよそに、どんどんと成長していく同期たちを見て、次第に焦りを感じるようになった。そしていつしか、自分は優秀である、だから自分のやり方を貫く、と言うプライドが、自分を支配するようになり、周囲と協調すると言う事をしなくなっていった。それが積み重なった結果、大きなミスと言う形で表れてしまい、上司には酷く叱られ、仲間たちからの信頼を失い、自分のプライドは、ことごとく打ち砕かれたと言う。

カゲロウは、正直、女の言う事が、半分かそれ以上は理解できなかった。この女は、自分とは全く違う世界にいた人間だと思ったからだ。

ただ、自分の思い描いていたことと、現実が食い違う事の苦しさは、カゲロウもよくわかっていた。元々自分は動物が好きで動物飼育員になる事を志し、動物の飼育員をしていたが、それも決して、楽しい事ばかりではなかった。思い通りにいかないことが沢山あった。

でもそんな時、自分を支えてくれたのは、同じ部署にいた同期や、先輩だった。自分がこれからどううまくやって行けばいいか。沢山の仲間たちと沢山話すことで、初めて見えて来ることが沢山あった。

カゲロウは、そのことを自分の経験談として、女に話した。


「でも……私にはもう、そんな仲間はいませんから」


女は、自分が周囲との関わりを絶ってしまったことで、相談する相手がいなくなってしまった事を悔いていた。ただ、このままこの女を放ってはおけないという気が、カゲロウはした。


「じゃあ……俺でよかったら、話してくれます?」


カゲロウは、女にそう言った。女は、目を丸くした。


「え?」

「あー、いや、その、俺はおたくに比べたら全然頭もよくないし、やってる仕事も全然違いますけど……。でも、俺もフレンズの飼育員になったのはつい最近の話で、まだあんまり周りに馴染めてなくって。だから、そう言う点ではある意味、俺も、おたくと似たような状況かなーって思ったんで……」


カゲロウは、頭を掻き毟りながらそう言うと、女の目をしっかりと見た。


「……お互い、好きな事、楽しく、頑張っていくことにしましょーよ。ね?」


そう言いながら、カゲロウは、右手を女に差し出した。その手は、土手の草と土にまみれている。


「……手、汚れてますよ」

「えっ!?あぁ、こりゃ失敬!」


カゲロウは、慌てて右手の汚れを払った。その様子が可笑しくて、女は笑った。


「あー、そうだ。名前まだ言ってなかったっすね。俺、白毛カゲロウって言います。変わった苗字だから、覚えやすいっしょ」

「シラケさん……確かに、珍しい苗字。初めて聞くかも」

「でしょ?そちらは何てお名前なんです?」

「私も、珍しいって言われるんですけど」


女は、そう言うと一呼吸おいて、自分の名前を口にした。


「千石。千石和です」




 「……カゲロウくん。カゲロウくんってば」


カゲロウは、急に自分の身体が揺さぶられるような感じがして、目が覚めた。


「やっと起きた。もう、いくら日光浴が気持ちいいからって、寝すぎ」


和が、呆れた顔で、カゲロウの顔を覗き込んでいた。

和がフウチョウ達との話に花を咲かせている間、日光浴をするつもりが、いつの間にか、ビーチチェアの上で眠りこけてしまっていたのだ。その間、なんだか、懐かしい夢を見ていたような気が、カゲロウはした。


「カゲロウ、ディナーにイくぞ」

「ワレワレはおナカがスいた」


カタカケとカンザシが、両側からカゲロウの腕を引っ張って、無理やりカゲロウの上半身を起こした。すると、二人の動きが突然止まり、固まった。


「カゲロウ、どうしたんだ?」


カンザシが、目を丸くしてカゲロウに訊いた。


「あ?何が?」

「あっ……」


和が、フウチョウ達の視線の先を見て、三秒ほど固まったかと思うと、その次の瞬間、砂浜の上に崩れて、大笑いしはじめた。


「おい、何だよ。何がおかしいんだよ」

「だって……カゲロウくん、その……背中……!」

「おい、何だってんだよ?」

「カゲロウ、ちょっとクロくなったな」

「あ?そりゃ、日光浴してりゃ、日焼けして黒くなるだろ」

「でも、セナカはシロいな」

「何!?」


カゲロウは、慌てて背中の方へ、目一杯首を回した。

すると、カゲロウの肌の色は、肩から背中にかけて、見事にくっきりと、白黒が分かれていた。それはまるで、オセロの石のようだった。

日光浴を始めて、そのままの勢いで、仰向けのまま体勢を変えずに眠りこけてしまっていたため、見事に、身体の前半分だけが綺麗に焼かれてしまっていたのだった。


「カゲロウくん、とりあえず、上着、着なよ。恥ずかしくって、一緒に、歩けないよ……」


和が、笑うあまり息も絶え絶えに、声を震わせながらカゲロウに上着を差し出した。カゲロウは、あわただしく上着を羽織ると、深くため息をついた。














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