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時はどんどんと過ぎていき、入学して一ヶ月が経った。
前の世界から変わったことはいくつか存在していた。
居たはずのクラスメイトが居らず、知らない子が何人か教室に居た。
その大きな理由は、あの時の事故だろう。いや、事故だけじゃない。アリスが女王の仮面を手に入れなかったことで、元の世界からズレてしまったのだ。
それが悪いとは思わない。
これが正しい世界であると胸を張れはしない。なにせ、仮面はこの世界に残っているのだ。今はまだ、魔女による干渉が続いていると言うことだろう。
不安しかないけれど、いつかは立ち向かわなければならない相手だ。何とか攻略方法を見つけないといけない。
「兄さん」
「んっ?」
「今日は、何を食べたいですか?」
隣を歩くアリスが、顔を赤くしながら問いかけてくる。
今は一緒に住んでいる訳ではないが、ご飯を作りに来てくれる。
なにせ、両親が揃って出張で居ないので一人暮らしの真っ最中。前の世界であるならば、妹となっていたアリスと一緒に暮らしていた。そのことがあったためか、よく世話を焼きに来てくれるのだ。
とは言え……
「別に、毎日来る必要ないんだぞ?」
「いいの。好きでやってること。だもん」
朗らかな笑みを浮かべ、腕を組んでくる。肘が豊満な胸に当たるのが気恥ずかしいのだが、この世界になってからのアリスは前と比べたらスキンシップが激しくなっていた。
その理由は……なんとなく分かっている。ただ、それに答えられない自分がもどかしい。
双葉のこともあるが、やはりそれ以上に、まだ全てがおわってないことが心にブレーキをかけるのだ。
この世界は、薄氷の上に立っている。
そう思わせるだけの出来事を体験したのだ。ドードー鳥の恐怖は、時折夢に見るほど。いくら鍛えても、あの恐怖感だけはどうすることも出来ない。
「兄さんは、またワンダーランドと魔女が来るって思ってるの?」
「ああ。魔女が何もしないなんて思えない」
「でも、何も起こってないよ?」
確かにそうだ。
世界的に見れば、多くの出来事が進んでいるのだろう。天災が幾度もニュースに取り上げられ、義援金を求めるのを見ている。
事故や事件だって数多く報道されている。
ただ、それらに魔女の介入があったことを示す情報はない。
昔の俺だって、ニュース一つ一つ見ながら何かの因果が働いているなんて考えたこともなかった。猫先輩に言われ、ワンダーランドを知って、初めて考えるようになったのだ。
知識があれば違う見方が出てくる言うことなのだろう。
「不安なのは分かるけど、毎日毎日気を張るのは疲れるよ。だから……」
「双葉は、いつも警戒してるじゃないか」
今ここには居ない双葉を引き合いに出した。
双葉は現在図書館に篭っている。
魔女に対抗するには知識が足りない。そう判断したようで、空いている時間は知識の収集や実践に当てていた。
本から、パソコンから、テレビから、人との会話から、ありとあらゆる場所から情報を得て、知識を増やそうとしている。
魔女との戦いを思うからこそ、なのだろう。俺だって前と違い体を鍛えている。
今日だって部活動帰りである。と言っても、正式な部員ではない。
大会に出るのではなく体を鍛えることが目的なので、一つの部活に入部することはせず、色々な部活を巡りながら練習相手をしている程度である。それでも、相当にしごかれるのでクタクタだ。マネージャーのように支えてくれるアリスが居るからこそやれるようなものだ。
朝晩の走り込みや筋トレもしているので前回の俺に比べたら体つきが違う。浩介にも引かれたほどだ。
どこを目指しているんだ。と。
目指すべき地点が遥か彼方のせいで到達はかなり難しいのだが、少しでも足しになればと考えている。
未だに五里霧中なのだ。なんでもしないといけない。
「兄さん」
「なんだよ?」
「無茶だけは、しないでくださいね」
「分かってる」
倒れるようなことはしないさ。
俺は俺の出来ることをするだけである。
与えられた猶予期間が、どれだけ残っているのか……分からないのだから。
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