ワンダーメイデン

風瑠璃

第一部

失われたアリスと白兎

オープニング

紫の空がある。

赤い星を見上げていた。

黒い太陽がジリジリと心を蝕む。

見たことのない生き物が嘴を振り上げ、爪を広げ、人の数十倍はある巨体を唸らせて街を破壊する。


止めろ。


心の中で叫ぶ声は音にはならない。

化け物と戦う力など、手にしてはいない。


助けて。助けて。助けて。


耳元で響く声。それは、音が震えている訳でもないのに、耳に届く。


無力だ。


何も出来やしない。


目の前にある惨劇をただ見ていることしか出来ない。


「助けて!!」


少女が、両親らしき二人を連れて走ってくる。

その後ろには、山羊の角を生やし、獅子の顔をした細身の巨人。腕が六本はあり、ズンッズンッと力強い足音を響かせる。

体の至るところに動物や虫のパーツを無造作につけた出来の悪い人形のように見える巨人は、一歩で数百メートルを移動するほどだ。


「アリス、アリス」


どこから声を出しているのか分からないほどノイズのかかった声は、人の名前をしている。

走る少女は、その声を聞くたびに顔を青ざめさせる。

少女の名前はアリスなのだろう。だからこそ、逃げている。

両親に早く。早くと急かしながら走る少女に余裕はなさそうだ。


「アリ、ス」


振り下ろされる手が両親を吹き飛ばし、少女を掴み上げる。

必死に伸ばされる手。それを掴もうと腕を伸ばすも、届きはしない。


「助けて。助けてよ。私の、白兎!!」


叫びは虚しく響く。

伸ばした手は何も掴めない。


あっあああああ。


水が、視界を歪ませる。

涙だ。涙が止めどなく溢れる。

赤い星が濃い光を向ける。黒い太陽がだんだんと近づいてくる。紫の空が全てを飲み込もうと色を増す。


何も出来ない。救えない。無力さを噛みしめ、一人涙だけを流し続けた。

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