第1話 プレゼント
今度の店は、宝石とブレスレットなどの装飾を売っている店だった。
「ヴィッキーおばさんおはよう」
「おやおや、珍しいね、ジュリアじゃないか。それにマリサもいるよ。それと、確かダンの息子のえーと、名前を思い出せないね」
「トニーよ」
「そうそう、トニーだよ。年を取ると名前を思い出せなくてね。
横にいる黒髪の綺麗な子は誰だい?」
「ユリア王子の知り合いで、橘愛さん。ビィッキーおばさんに今回見てもらう為に来ました。
愛さん、こちらの方は宝石の鑑定師で、その人に合った宝石を探してくれる、この国で一番の人なのよ。キャッツアイもヴィッキーおばさんが見つけてくれた」
「橘愛です。よろしくお願いします」
「そうかい、そうかい。
店の奥に行って、そこでみようかね。ここでは人通りが多くて邪魔になる」
ジュリアはトニーに振り向いて言った。
「トニー、悪いけど。ここで待ってていてくれる?」
「はい。分かりました」
ヴィッキーは、右足を少し引きずりながら、常設の古い店に入っていった。
「お前さん、お前さん」
店の奥からヴィッキーの旦那のクリスが出てきた。
「なんだね。
おや、ジュリアとマリサ、それとトニーがいるよ。
どうしたんだね」
「この黒髪の綺麗な子を見たいから、店番頼むよ」
「ほいな」
そう言ってクリスは表に出ていった。
店の中は思っていた以上に広く、壁中漆塗りの小さな引き出しで埋め尽くされており、独特な雰囲気を醸し出していた。
店の奥にある古い座り心地の良さそうな椅子にヴィッキーが座った。
「愛、向かいの椅子に座って」
向かいの椅子も同じ感じの椅子だった。
「外はうるさくてしょうがないよ。
マリサ、悪いけど、表のドアを閉めておくれ」
「はい」
マリサは、今入ってきたドアを閉めた。
「さてと、早速見てみようかね。
右手を出して」
愛は言われるままに右手を出した。ヴィッキーは彼女の手を取って強く握りしめた。
突然、愛の中に暖かな感情が入って来て、まるで、彼女の本質を優しく包み込む様に見ている。優しさが全身に行き渡り、時間がこのまま止まって欲しいと思った瞬間に、暖かな優しい感情は去っていった。
「これは素晴らしい!!。
内に秘めた能力がこれほど高いのは久しぶりだよ。
あらゆる魔法を使いこなす能力があるだけでなく、リサをも超えるかもしれん。
しかし、問題は愛に合う宝石が、ここにはないんだよ」
三人はヴィッキーの話に驚いた。
この国で、最高の魔力の持ち主のリサをも超える?
ジュリアが聞いた。
「リサお姉さんを超えるかもしれない、とはどういう事でしょうか?」
「うーん。そうだねー。
はっきり言うとだね、愛の努力次第では、ほぼ間違いなくリサの魔力を凌駕するだろうよ。今でも、相当な魔力を持っているんじゃないかな?」
「はい、おっしゃる通りです。
一昨日の朝、初めてファイアの魔法を使ったのですが、既に私と変わらないぐらいでした」
「初めてで、ジュリアと同じかね?
それはそれは。私が思っている以上かもしれないね。
しかも、愛には心の美しさが既に身についている。余程両親の教育が良かったのだろうて」
「心の美しさですか?」
「ああ、心の美しさは邪心が一切ない。それで魔力が飛躍的に高まるんだよ。
ダイアモンドに少しでもキズがあれば、魔法は思っていたよりも入らないのを知っているだろう?それと同じ理屈さね、逆も同じでね」
「え、逆ですか?」
「ああ、例の悪の大魔導師は心の美しさは一切なく、邪悪な心だけを持っている。それに、これは私の予測だけれど、彼はブラックダイアモンドを使っているよ。
だから、あれほどの魔物を操る魔力が出せるんだよ」
「そうなんですか。
それで、愛さんに合うのはどんな宝石なんですか?」
「ピンクダイアモンドだよ。ジュリアも聞いたことはあるはず。
しかも、並みのピンクダイアモンドでは半分以下の能力しか引き出せないんだよ。
えーと、確かこの奥に。あったよ。これだよ」
ヴィッキーが、目の前のテーブルの上にある白地の布の上に置いたのは、大豆ぐらいの大きさのピンク色をしたダイアモンドだった。
「これでも倍の能力が出せるはずだから、身につけた方がいいね」
ジュリアは不思議に思った。
「ヴィッキーおばさん。普通は倍くらいの能力が限界と聞いていたのですが?」
「他の宝石はジュリアの言っている事が当たっている。
これには一つだけ例外があって、伝説のピンクダイアモンドを使える人は最大で五倍の能力を引き出せる。
そして、このダイアモンドは魔力の増幅と、魔力を貯める両方が出来ると言われている。
ジュリアも知っているだろう、勇者の話を」
「はい。
もちろん知っていますが、ピンクダイアモンドとの関係がよく分からないんですが?」
「伝説の勇者は、ピンクダイアモンドを持っていたんだよ。
この事実は、宝石の鑑定師しか知らないことだけどね」
「そうなんですか。
その勇者が持っていたピンクダイアモンドは、どこに行ったのでしょうか?」
「勇者の話の最後は知っているだろう?」
「はい。
悪い奴らを倒した勇者とその国の王子の二人は、故郷には返って来なかったと」
「それが答えだね」
愛はヴィッキーとジュリアの会話を聞いていて、不意に母の言葉を思い出した。
「貴女の心の美しさに気付く人が現れた時、このお守り袋の中の石を見せなさい。
それまでは決して中を見てはいけません」
もらった時は何を言っているのか全く分からなかった。
でも、ヴィッキーおばさんの話を聞いていると、今がその時と何故か分かった。
「ヴィッキーおばさん。
実は母から、この様に言われた事があるのです。
『貴女の心の美しさに気付く人が現れた時、このお守り袋の中の石を見せなさい』
もしかしたら、と思うのですが」
愛は、肌身離さず持っていたお守り袋を取り出し、ヴィッキーの前に置いた。
「おおー。これは。
ここからでも魔力が伝わってくる。これほどの魔力を持つ事の出来る宝石を感じるのは初めてのことだ。
早く中を見せておくれ」
「はい」
愛はそう言って、初めて開けるお守り袋の中の物を、先ほどのピンクダイアモンドの横に置いた。
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