プロローグ その八 初めての魔法
三人は食事を終えると、地下一階にある食品庫に向かった。
ここには乾物が貯蔵されており、アカネ科の豆もここにあった。
行く途中で、猫が向こうから近づいて来た。
すれ違う時、愛は猫と目線が合って猫は一瞬止まって愛をジッと見た。その後は、何事もなかったように、スタスタと逆方向に歩いて行った。グレイを基調とした縞模様で、アメリカン・ショートヘヤーに近い毛並みをしていたけれど、大きさはふた回りも大きかった。
あまりの大きさに、思わず言った。
「大きな猫がいる!!」
ジュリアはその言葉に気付いて、説明をしてくれた。
「大きな猫?
さっきの猫はこの世界では普通の大きさ。それに、ここには猫は必ず必要なのよね。
猫が居ないと、ネズミが大量発生して大変になるのよ。
この地下だけでも、20匹ぐらいいるかしら」
「そんなにいるんですか?」
「王宮全体では40匹ぐらいかな。
大体は地下か一階に集中しているけど、個人的に部屋で飼っているのが確か、三匹いたかな?
彼らは誇り高いので、殆ど人間には懐かないのよね。
猫が飼い主を選ぶって感じかな〜〜」
「え、そうなんですか。
元いた世界では人間が猫を選ぶんです」
「それは、羨ましいわね。
猫好きの人達はここに多勢いるけど、猫に選ばれたのはこの王宮ではたったの三人だけだからね。私も努力したんだけれど、ダメだった」
猫の話をしながら歩いていると、目的の倉庫にたどり着いた。
一年を通して断続的に買い入れている為に、違う産地からのコーヒー豆があった。
確認をすると四種類あり、全種を持っていく事にした。
一階の厨房に三人が入って行くと、朝食の支度が終わった後だったので十人にも満たない人達がいた。
ここで王宮全体の食事を作っていたので、忙しい時には四、五十人働いている。
百畳ぐらいの大きな厨房で、カマドだけでも八ヶ所設置されていた。
付属の部屋では、石臼の部屋、乾物物を置いている部屋などがある。また、外には生きたままの動物が檻の中にた。魚、野菜などは地下の冷蔵室に保管されており、冷蔵室には冬の間に氷を大量に入れてあったので、一年中低温に保たれていた。
誰かが三人に近づいてきた。
大柄の年配で、ジュリアに親しそうに話し出した。
「ジュリアとマリサおはよう。
それと・・」
「ダン、こちらの方が例のユリア王子の知り合いの方で、名前は愛」
ジュリアは愛に目配せをした。
愛は、自分がユリア王子の知り合いという立場なんだと、直ぐに理解をした。
「そうか、お前さんかー」
「ダン、お前さんはないでしょう」
「あー、いやーーすまん。つい。
丁寧な喋り方には慣れてなくってよ。ま、勘弁してくれや」
「愛、この人がここの厨房を取り仕切っているダン。
言葉使いは悪いけれど、優しい人よ」
「ダンさん、宜しくお願いします」
「おー、こっちも宜しくな。
でよ、赤鯛のスープにレモンを入れて飲んだらよ、もっと美味しくなってびっくりしたよ。
今度なんか良いアイデアがあればよ、俺にも教えてくれよな」
「はい、喜んでダンさんにも教えます」
「そうか、ありがたいね。
ユリア王子の知りあいは、考えることが違うね。
あー、それで今日の大体の作業は聞いているんだけどよ。
ま、こっちに来てくれや」
ダンは厨房の隅にあるカマドまで行って説明をした。
「豆をいるんだったらよ、これぐらいの大きさのカマドでいいと思うんだけれど、どうかな?」
そのカマドは厨房の中では小さな方だったけれど、愛にはこれでも十分と判断をした。
「はい。これでお願いします」
「そっか。
でな、今あるこの土器と、向こうにある鉄のフライパンと使い勝手の良い方を選ぶといい。
それでよ、石臼は小さいのを一つ空けてあるんで、その時に近くの者に聞いてくれや」
「はい、ありがとうございます」
「でよ、俺から一つだけ頼みがあるんだけれどいいか?」
「はい、何でしょうか?」
「俺にもそのー、コーヒーとやらおよ、飲ませてくれないか?」
「はい喜んで。
ダンさんにも評価して頂けると助かります」
「お、そうか。それは楽しみだな。
行商人を待たせてあるんで俺はそっちに行くけどよ、何か困ったら俺を見つけてくれや」
「はい、分かりました」
愛がそう返事をしたら直ぐにダンは、外に出て行った。
「ユリア王子の言ったようにダンさんは、気の優しい大らかな人ですね」
「私達が幼い頃からの知り合いで、ここに来る度に何かお菓子か食べ物をもらっていたわ。
当時と殆ど変わらないのよね。言葉遣いも。
さて、始めますか?」
「はい」
「愛、土器か鉄のフライパンのどちらにしますか?」
マリサが愛に聞いてきた。
「んー。低温でゆっくりと焙煎をしたいので、土器の方が向いているかな?
鉄のフライパンだと、熱伝導率が高くて、焦げる可能性があるので」
「熱伝導率?」
ジュリアとマリサが同時に首を横に少しだけ倒した。
それを見た愛が、姉妹だと癖が似るんだとクスッと笑った。
ジュリアが愛に聞いた。
「熱伝導率って、どう言う意味なの愛」
「えーと、それはですね。
今回だと、下からの熱が上に伝わる速さの事です。
鉄は、熱がすぐに下から上に伝わるのですが、土器は鉄よりもゆっくりと伝わるんです。炒め物などの高温で素早く料理したい場合は、鉄のフライパンの方が向いています」
「そうなんだ。
だから、料理師の人達は、土器と鉄を使い分けているんだ」
「鉄よりもさらに銅の方が熱伝導率が高いので、銅の鍋を使う場合もあります。
でも、フライパンの様に激しく動かして料理するのには向いていません。銅は変形しやすいので、フライパンには鉄が向いています。
今回はゆっくりと焙煎するので、土器が向いていると判断したんです」
マリサが愛の説明にしきりに頷いていた。
彼女は先の段取りを見る能力が高かったので、次の準備の為の質問をした。
「それでは、薪の量は少ない方がいいですよね」
愛は、一瞬固まった。
薪は一度も使った事が無かったので、マリサの判断に任せるしかなかった。
「そのう、この様なカマドは一度も使った事が無いので、マリサの判断でお願いします」
今度は姉妹が固まって、姉妹同士お互いを見た後、愛に聞いた。
「薪ではなくて、何を使って料理をしていたのですか?」
マリサが聞いて来た。
愛は返答に困ったけれど、バイオガスをとっさに思い出した。
「それは、えーと、燃えるガスです」
「燃えるガス、ですか?」
「そうです。
家畜の糞尿を密閉できる容器に入れると、メタンガスと言う燃える気体が発生します。それを利用していました」
姉妹は今度、完全に固まってしまって、愛の言った事を理解しようとしていた。
「えーと。
とにかく、薪は初めてなのでマリサの判断でお願いします」
それを聞いた姉妹は、呪縛が解ける様に元に戻った。
「は、はい。分かりました」
マリサは言った途端に、薪が山積みされたところに行って大小様々な薪を持って来た。
愛が見ていると、慣れた手つきで小さな木切れを真ん中にして、大きな薪で囲い込む様に組み立てていった。
「では愛、魔法で火をつけましょう」
「私がですか?」
「はい、そうです。
昨日の話を覚えていますか?」
愛は、不安になった。
ハッキリと覚えていたけれども、まさか本当に自分が魔法を使えるのかと。
「あのー、どうやって魔法で火をつけるか分からないので、教えて下さい」
愛は少しだけ頭を下げた。
マリサは、子供達に初めて火の魔法を教える時の要領で愛に教え始めた。
「はい、勿論です。
まず最初に、この様に右手で卵を持つ感じで握ります」
マリサは、見えやすい様に自分の右手を愛に近づけて見せた。
愛も、同じ様にした。
「それから、握った中の空間に物凄く熱い火があると思い浮かべて下さい」
愛がバーナーの火を思い浮かべると、手の中が急速に熱くなっていくのが分かった。
「その火を思いっきり解き放つ様に、手を前に出して薪にぶつけて下さい」
愛は言われた通りに、手の中にあるバーナーの火を薪に解き放った。
いきなり愛の手から直径十センチ、長さは一メートルほどの巨大な火がジェット噴射の様に早く、しかも、高温で止まる事なく薪に解き放たれた。
それを見た三人は一様に驚いた。
ユリアが愛の方に向いて、凄く大きな声で言った。
「愛、その火を止めてー!!」
ジュリアの大きな声で、愛の手から出ていた火はやっと止まった。
カマドを見てみると、既に大半の薪が燃えて無くなっており、残りの薪は燃え尽きる寸前の様に、細々と燃えていた。
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