いちばん低俗な異世界ファンタジー

ジョセフ武園

序章

そうしてニートの試練が始まった

「な、なんだよ、とうちゃん……勝手に部屋に入ってくんなよぉ……」

 そう言うと流石にバツが悪かったのか、その肥満体の中年は手探りでリモコンを探し、テレビの電源を落とした。

 そのいきさつを冷めた目で見とると、老いたスカタ四世はゆっくりとその眼前に腰掛けた。床は散らかる箱やら本やらで足の踏み場もなかったので仕方なくベッドの上にだった。


「キミィや。お前がうちの食客として養子に入って……もう35年になるの」

 そう言うと、寂しそうな瞳をキミィに向け、すぐに宙に泳がせる。

「あの頃は、魔族と戦いの日々でなぁ……この国も今の時代では考えられんように荒んでおったよ……」

 その話を聴きながら、キミィは傍らの油菓子に手を伸ばしボリンボリンと食している。

 その様子に言葉を止めてスカタ四世は彼に死んだ魚の様な瞳を向け、溜息を吐いた。

「ははは、そんな芋の油菓子なんかも無くてな。皆腹を空かせて、それでも魔族と闘っておったよ」

 そして、再び大きな溜息を吐いた。


「のうや、キミィや。お前ももう35じゃ、ええ年齢じゃ。

 そろそろ、親のスネを齧って怠惰にアニメ漬けのニート生活を卒業するのはいい頃じゃないかのぉ? 」その言葉には文字では表せない程の哀愁が混じる。


 しかし、キミィはボリンボリンと油菓子二口目を口に入れた。

 その態度に、遂に辛抱堪らんようになったスカタ四世は、狂った様に叫んだ。


「もう、ええかげんにせぇやぁ‼ おまんが、毎日毎日ママゾンで買いまくりょうる、あの女の子の人形も……あの、金。何処からでよーるんならぁ‼ おまっ、あれ、ぜ~んぶ国民の血税ぞ⁉ 国民の、おまんより10も15も年下の子らが頑張って働いて。納めてくれた税金を、あんなもんにお前、換えよーるんぞ⁉

 いや、あんなもん、とは悪かった。でもな?

 それは、自分で働いた金で買うもんじゃないか? 」


 凄まじいその勢いに、キミィは笑って誤魔化そうとしたが、空気的にもそれはまずそうだったので、無視して寝転がる事にした。

 その反応を見て、嵐の如く早口で捲し立てていたスカタ四世は膝から砕け落ち、そのまま顔を右手で押さえ、小さく肩を震わせた。


「くぅっふぅ‼ なんでじゃあ……一緒に育てたサーヴァインも、しっかりと市議会議員を全うしようるし、7つ下のアルトリウスに至ってはもう3人の子どもを育てて立派な父親として独立しとるんど?

 のう、キミィ……お前、自分が情けなくないんか? のう‼ いつまでそうやってブクブク親の金で太るつもりなんなぁ⁉ 」


 その、スカタ四世渾身の説得にキミィは放屁で返事とした。


 しばらく、二人の間に沈黙が注がれた。やがて、それは背筋を冷たくするスカタ四世の笑い声によって砕かれる。


「く……くかかかかかか。

 うふっ

 ふふふふふ」

 流石にそれは気味が悪かったのか、キミィは重そうに身体を起こして相手の様子を窺う。


「のう? キミィ。

 もう、わしと一緒に死のうや?

 の?

 大丈夫じゃ。わしも一緒に逝く。

 お前をそんな風に育ててしもうたわしが悪い。

 の?

 じゃけぇ、一緒にもう死のうや」


 そう言う彼の眼はもう焦点を定めていなかった。

 キミィはただしく現状の意味を理解し、この選択を誤ったら殺される事を読み取った。

 だから彼はスカタ四世の動きを封じるために、先の先をとったのだ。


「わかった‼

 とうちゃん‼

 俺、働くけん‼

 じゃけえ、勘弁してくれ‼ 」


 『いちばん低俗な異世界ファンタジー』 序章 完

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