ポンコツ勇者の下剋上 -モブの俺が魔王を倒せる幼女勇者育てます-

藤川恵蔵/MF文庫J編集部

3/第一章  十二本の姉妹剣

 何度倒しても復活する魔王を、定期的に誕生する勇者が打倒する。


 そんなおとぎ話めいた事を半永久的に繰り返してきたアルスガルド大陸の王都ペンドラゴンにて、王立士官学校を成績最下位でありながら特例で卒業した俺は、豪華絢爛な王城で悠々自適のスローライフを送っていた。


 通常、俺程の成績になると、軍人としても官僚としても、素養無し、人材として不適格という判断を下されて放逐される筈だったのだが、一念発起して、勇者の元に神剣を届けるという偉業を達成したのだから、当然、他の学生と同じ扱いを受けさせられては困る。


 俺としては、このまま勇者であるシオンが順調に成長し、五年後に復活する魔王をあっさり退治するのを、安全な場所から眺めているだけで良いと思ったのだが、そう話は旨くいかなかった。


 単独で世界を滅亡させる事が出来る魔王。


 そんな恐ろしい魔王を、実質一対一の戦いで打倒出来る勇者は、ある種、魔王以上に恐ろしい存在だ。


 実際、とある理由でブチ切れたシオンは、王都内を全力疾走しただけで、城下町を半壊させる、なんて事をしでかした。


 よくもまあ、これまで誕生してきた歴代の勇者の中で、自分の力を悪用するヤツが現れなかったものだ、と俺は思った。


 まあ、先代の勇者は国王になって、自分の子孫に大陸全土を支配するだけの権限を与えた訳だから、全く力を悪用していないとも言いきれないが。


 つまり、勇者という存在は全人類にとって命綱とも言える存在なのだが、怒らせると魔王以上に恐ろしい破壊者になりかねないのだが、今の俺はそんな勇者に懐かれている。


 現代の勇者であるシオンは十歳の……いや、先日十一歳になったようだが、とにかく未だ幼い少女。


 傍から見れば、俺は世界の命運を担っている勇者が幼い事を良い事に籠絡し、利用しようとしている悪質な野郎に見えなくも無いのだ。


 まったく……誤解もいい所だぜ。


 どうして世間の人間は、俺ぐらいの年頃の男に、幼女が懐いている様子を見ただけで、ロリコンだとか変質者みたいなヤツだと思うんだろう。


 俺みたいな善良な好青年に、いたいけな少女が懐くなんてのは当然の事だろ思わないのかね?


 人を信じる心を失いつつある昨今の人間を見てると、俺は物悲しくなるのだ。




 まあ、戯言はそれくらいにして、本題に入ろう。


 とにかく、今の俺は勇者であるシオンに懐かれており、シオンは俺の言う事は何でも聞いてくれるような状態なのだが、ソレを良しとしない連中がいる。


 今、王国を支配している王家の初代は、先代の勇者だ。


 つまり、王族や貴族の、国を統治する権限とは、自分達の先祖が勇者であるという事実から生じている。


 言わば、伝統的な世襲制を拠り所にして世界を支配し、国民から徴税する権利を得た訳だ。


 そうすると、現在の勇者であるシオンは、その支配体制を根本から破壊する存在なのだ。


 極端な話、シオンは今すぐ国王を名乗って、今の王家を残らず放逐する権利と権限を持っている事になる。


 ソレを否定する事は、少なくとも今の権力者達には出来ない。


 そもそも、魔王を打倒した勇者の末裔という理由で徴税権を得ていた連中なのだ。


 今から復活するであろう魔王を打倒する、新たな勇者の誕生は、王権の交代を意味する。


 しかし、だからと言って、自分達の利益を守る為に、今の勇者を暗殺するような真似は出来ない。


 まあ、そもそも、今でも十分に強いシオンを暗殺するような手段が有るとは思えないが、仮に合ったとしても、勇者を殺したり、危害を加えるような真似は絶対に出来ない。


 勇者が死亡、もしくは再起不能レベルの負傷を受ける事は、人類の滅亡を意味する。


魔王を打倒できる唯一の存在なんだから、その勇者が戦えなくなったら、魔王は誰に邪魔される事無く、人間を皆殺しに出来る訳だ。


 いくら、自分の利益を守る為なら、どんな事でも出来る薄汚い権力亡者が大量にいるとしても、魔王に人類を皆殺しにさせるような事態を招く程バカではあるまい。


 自分だって死ぬわけだし。


 だから俺は、シオンが魔王を打倒し、用済みになった瞬間から、周囲の権力亡者から命を狙われるのでは、という点だけを危惧していた。


 シオンは魔王を倒した後は、そのまま自分の持つ圧倒的な個人的武勇を後ろ立てにして、世界を支配してしまった方が良い。


 その程度のアドバイスはしてやるつもりだった。


 ところが、俺の想定はものすごく甘かった。


 全人類の命綱であるシオンに危害を加える訳にはいかないが、そのシオンを言いなりに出来る存在である俺はどうだろう?


 結果的に、勇者本人と同等の権限を持つに至った俺という存在。


 しかもその存在は、知略、武勇共に常人レベル。


 そこいらにいるオッサンに喧嘩を売られても負けるし、筆記試験の成績を考慮すれば、頭も良いとは言えない。


 要するに、ごく普通のガキなのだ。


 そんな存在が、勇者に懐かれているのを良い事に、我が物顔で贅沢三昧をしてたらどうなるだろう。


 まず殺されるね。




 実際、俺は暗殺者に襲われまくっている訳だが。


 そんなド修羅場に巻き込まれてから、俺が一年近く無事でいる理由は一つ。


 歴代の勇者が魔王を打倒する時に使用していた神剣、聖光剣エクスキャリバーに宿る精霊ホリーが、俺が殺されそうになる事態から、徹底的に守ってくれているからだ。


 そもそも、剣の精霊ホリーの姿が見えて、声も聞こえるという、本来勇者でなければ不可能である筈のソレを、俺が行えるからこそ、俺は世界中にいる人間の中で、誰よりも早く魔王復活が近い事を知り、勇者の居場所を発見する事も出来たわけだ。


 客観的に見て、凡人なりに頑張って、世界の危機に立ち向かった事になるんだぜ?


 ちょっとくらい崇め奉られても良いじゃないの。




「……俺はただ……一生働かずに生きていきたいだけだったのに、どうして誰も解ってくれないんだ」


〈何を唐突に最低な発言してるんですか?〉


「俺は世界を支配したいなんて考えてない。人間を支配したいとも思って無い。ただ、一生働かずに生きたいだけなんだ……」


〈……いや、だからそんな切実そうに呟いても、発言内容が最低なのは変わってませんよ?〉


「ああ、嫌だ嫌だ。俺みたいに他人に迷惑をかけずに、ひっそりと生きようとする人間の心理が理解出来ないなんて」


〈貴方の最低発言を大多数の人間が理解したら、世間は怠け者だらけになりますよ〉


「怠け者がどれだけ増えても、ごく一部の働き者が一生懸命に養ってくれる。そんな度量を俺は世界に求めるよ」


〈今日は何時にも増して不毛な発言が目立ちますねえ。どうしたんですか?〉


 俺とホリーは、就寝前の日課である、チェスによる対局をしながら、ダラダラと雑談をし続けていた。


「なんかさあ、勇者に神剣を届ければ、俺の出番は完全に終わり、なんて思ってたら、神剣には姉妹剣が十二本ありますとか、ソレの大多数が行方不明ですとか、姉妹剣の所有者が俺の命を狙っているとか、これから現れる姉妹剣所有者の思惑によっては、戦争が始まるかもしれないね、なんて展開さあ、俺は望んで無かったんだよ。例えるならさあ、一巻で完結する予定だったのに、たまたま人気が出ちゃって続編出しまくる羽目になって無理矢理ストーリー長引かせる小説みたいな話だよ」


〈貴方は何を言っちゃってるんですか……〉


「あ~。面倒臭え……。こういう事考えずに済む生活に戻りてえよ」


〈……貴方は私と出会った事を後悔しているのですか?〉


「それは無いけど。割と面白い体験させて貰ってるし」


 少なくとも、普通の人間では体験できないような超常現象をたっぷり拝まして貰った。


 命を懸けてでも体験したいかどうかは微妙だが。


 俺はチェスの駒を動かしながら、真正面にいるホリーを眺める。


「そう言えばさあ、残りの姉妹剣の能力を教えてもらう予定だったのに、ついつい先延ばしになってたよな。そろそろ教えてくれないかな」


〈それは構いませんけど、メモとか取らなくて良いんですか? 十二種類の能力を全て覚えるのは面倒でしょう〉


「メモねえ……それは止めとくよ」


〈……?〉


 神剣に宿る精霊ホリーと会話が出来る。 


 それは、凡人である俺が持つ、唯一無二のアドバンテージだ。


 ホリーの持つ知識は、他の人間が決して持ち合わせていないものだ。


 おそらく、姉妹剣の所有者達も、自分が持つ姉妹剣以外の姉妹剣の能力は把握してない。


 それどころか、カトレア教官やサフランの様子を見ると、自分の持っている姉妹剣の性能も完全には把握していない場合もある。


 つまり、十二の姉妹剣の能力を全て把握する事が出来るのは、ホリーと会話出来る俺とシオンだけの特権という事になる。


 それを、易々と他の人間に渡す事は出来ない。


 俺の味方になる姉妹剣使いには、姉妹剣の性能を全て話して構わないが、敵に回るヤツに情報を与える訳にはいかない。


 メモなんて残せば、どんなきっかけで情報が拡散するか解らない。


 あくまで口頭だけで情報を収集し、忘れてしまった場合は再び聞けば良い。 


 それに、


「もう、姉妹剣も半分把握してるわけだしなあ」


 アイリスの持つ氷結剣アロンダイト。


 カトレア教官が持つ爆炎剣ガラティーン。


 サフランが持つ真空剣クルタナ。


 ヒースバカ王子様が所有していらっしゃる雷鳴剣ロンゴミニアト。


 シネラリアという女が持っていた冥府剣アダマス。


 馬の形状で自立活動する天馬剣スレイプニル。


 俺は既に、六本もの姉妹剣を把握している。


 しかも、その内五本は身内が持っていると言って良い。


 まあ、サフランは誰かの指示で俺を監視しているから、味方であるとも言いきれないが。


「……」


 敵か味方か解らないサフランに、真空剣クルタナの持つ真の能力を教えた事は痛手かもしれない。


 しかし、サフランはシネラリアに捕まったアイリスの救助を手伝ってくれた。


 俺の頼みも、全て引き受けてくれる。


 完全に敵だとも思えない。


「……で? 残り六本はどんな姉妹剣なんだ?」


〈新たに発見する度に私が能力を解説する、という展開の方が面白いのでは?〉


「面白くねえよ。毎度驚かされて死にそうになってるんだぞ俺は」


〈ま、良いでしょう〉


 ホリーはチェスを中断し、腕を組んで考え込んでいる。


 残り六本の姉妹剣を、どんな順番で教えるのか考えているのだろう。


〈……まずは、鬼神剣グラムですかね〉


「ああ、なんか前に聞いた事あるよな? 鬼神剣と羅刹剣とかいうおっかない名前の姉妹剣」


〈はい。その二つは、姉妹剣としては最強の力を持つ最高ランクの姉妹剣なのですが、明らかに失敗作でした〉


「は?」


 最高ランクなのに、失敗作。


 意味が解らない。


〈鬼神剣グラムは、黒い雷を操る事が出来ます。形状は両手大剣型。事実上、ヒース王子が持つロンゴミニアトの上位互換です〉


「ソレの何処が失敗作? 強そうじゃん」


〈強いですよ。破壊力に限って言えば、聖光剣の神剣に迫るかもしれない〉


「え!?」


 聖光剣の神剣に迫る。


 それはつまり、


「シオンが……君を扱った場合くらいに強いって事か?」


〈所有者の素養によりますが〉


 単独で町を半壊させ、魔王すら凌駕する勇者と互角。


 しかし、それはおかしい。


 姉妹剣の力は、十二本全て合わせても、一本の聖光剣に及ばないはず。


「それ、本当に失敗作なのか?」


〈ええ。バランスが悪すぎるんです〉


「バランス?」


〈たった一度の使用で、所有者の全魔力を消耗します。つまり、シオンのように破壊魔法を乱発出来ない〉


「……なるほど。互角って言っても、一日に一回限りって事か」


〈おまけに、所有者の身体能力を全く強化しない。ただひたすら、放出による破壊に特化しています。ですから、白兵戦においては、他の姉妹剣に大きく劣る〉


「はあ、そりゃ確かにバランス悪いなあ」


〈威力がありすぎて、使用した瞬間に等の本人とか、周囲の味方が死ぬ可能性すらあります〉


「最悪じゃねえか!」


〈まだ周囲の味方が姉妹剣使いで、憑依で身体能力を強化していれば耐え抜けるでしょうけど、鬼神剣グラムはそもそも身体能力の強化が行えないので、どのみち本人は一番危険な目に合います〉


「バランス悪いとか以前の問題だよなあ。武器としては完全に失敗作だろ」


〈だから始めから失敗作だって言ってるでしょ。そもそも一番初めに造られた姉妹剣なんで、失敗作と言うより、試作品に近いでしょう〉


「……」


 一番初めに造られた神剣の姉妹剣だから、バランスが悪い。


 そのバランスの悪い姉妹剣を反省材料にして、アイリスやカトレア教官が使用しているような、聖光剣と比べれば、相当性能が低いが扱いやすい姉妹剣が作られた。


 そう考えれば納得出来る話だ。


 確かに、破壊力が聖光剣に迫る程の姉妹剣ではあるが、燃費が恐ろしく悪い、なんてのは、試作品に相応しい仕様だ。


 だが、俺はそこで根本的な事に今更気付く。


 完成度やバランス云々以前に、そもそも神剣の姉妹剣なんかどうやって作っただろう。


 シオンが持ってる聖光剣は、名前の通り、神様が人間を守る為に作ってくれた、としか解釈出来ないような性能だ。


 しかし、姉妹剣の性能も十二分に常軌を逸している。


「……」


 てっきり、姉妹剣の方も神様、または人外の存在が制作したと思っていたが、ホリーの口ぶりを聞くとどうにもおかしい。


 一番初めに造られたからバランスが悪いとか、神様にしてはお粗末のような気がする。


 まるで、人間が試行錯誤して姉妹剣を開発しているかのような印象だ。


 もし、そうだとすると、姉妹剣だけで無く、聖光剣も人間が作った?


 あり得ないような気がするが、俺はその謎を知る手段を持っている。


 目の前にいる、ホリーに聞けば良いのだ。


 さすがに、ここまで根本的で、誰にも知られていない新情報を知る事には緊張を強いられるが、


「……」


 俺は自分の好奇心を抑えきれなかった。


 永久に復活し続ける魔王を倒す、神剣の謎。


 それに迫るのだ。


「なあホリー」


〈なんです? 変な顔して〉


「神剣の聖光剣と姉妹剣って、誰が作ったんだ?」


〈……〉


「君は今、鬼神剣を一番初めに造られた姉妹剣だって言ったよな? つまり君は、姉妹剣が作られていく過程を見ていた訳だ」


〈……〉


「姉妹剣を作ったのは、一体誰だ。いや、そもそも、君を産み出したのは一体誰なんだ」


〈……〉


 この世界の核心に迫る質問をした所為か、ホリーは無言で俺を見つめている。


 むむ。


 ひょっとして、人間が知ってはいけない情報なのだろうか。


 一体それはどういう……。


〈さあ〉


「は?」


〈私を作ったヤツと、姉妹剣を作ったヤツですか。誰なんでしょうねえ?〉


「はあ? え? 君って、自分を作ったヤツを知らないのか?」


〈知りませんよ。自分が産まれる前の事なんか〉


「え~」


 俺は思わず脱力した。


〈産まれた瞬間に、自分が作られた目的と、必要な情報は頭にありましたけど、私の創造主の事は一切覚えてませんね。神剣っていうくらいだから、神様的な何かが、人間を守る為に作ったんじゃないですかね?〉


「……君さあ、よくこれまで疑問に思わなかったな。自分を産み出したヤツが誰なのか気になったりしないの」


〈別に。そう言えば、貴方は物心ついた頃から孤児だったそうですね? 貴方は自分の親が何処の誰か気になったりしますか?〉


「別にどうでも良いけど」


〈一緒じゃないですか〉


 確かにそうだ。


 人間としてはどうかと思うが、自分を育てなかった親の事なんか、心底どうでも良い。


 ホリーもそうなんだろう。


〈それより、姉妹剣の話に戻しましょうよ。まだ五本も残ってますよ〉


「ああ、じゃあ、もう一つの失敗作っていう羅刹剣の事を教えてくれ」


〈羅刹剣ですか。アレはまさに、正真正銘の失敗作でしたね。羅刹剣タルンカッペ。その性質は、鬼神剣グラムとは間逆。まったく魔術や特殊能力の類を使用出来ない代わりに、身体能力を極限にまで高める姉妹剣です〉


「……身体能力を極限まで上げるって、そんなにバランス悪いか? 魔術を使えないって弱点を補って余りあるくらい強いような気がするんだけど」


〈確かに、単純な戦闘力なら、全姉妹剣中最強かもしれませんね。剣と言いながら、鎧の形をしているんですが、身体能力の高さも、防御力も他の姉妹剣の追随を許しません。仮に、カトレアやアイリスが束になって向かって行っても、傷一つ負わせられないでしょう〉


「じゃあ……」


〈その代わり、使用者は死にます〉


「……はい?」


〈羅刹剣は、身体能力を勇者と同じくらいにまで高めます。しかし、よく考えてください。勇者と同等の身体能力の持ち主なんか、勇者本人以外にいる訳ないでしょ? いたら、そいつ自身が勇者になれば良いって話です。そもそも、姉妹剣使いの素養は勇者に及ばないんだから、姉妹剣の性能は聖光剣よりも低めに設定するべきなのに〉


「なるほど。その姉妹剣を使うと、体が耐えきれないのか」


〈はい。ですから、姉妹剣を集めるという目的において、鬼神剣と羅刹剣の事は考えなくても良いと思いますよ。使いこなせるヤツはまずいませんし〉


「うん……」


 生返事しながら、俺はなんだか嫌な予感がした。


 鬼神剣と羅刹剣を使いこなせるヤツはまずいない。


 ホリーがそう言うなら、本当の事なんだろう。


 しかし、ここ最近の俺は、尋常じゃないくらい運が悪い。


 ただ生きているだけでトラブルが起きる。


 だから、何となく、鬼神剣と羅刹剣のどちらかを自在に扱って俺に襲いかかってくる最悪の敵が現れたらどうしよう、とか思ってしまう。


 もっと最悪なのは、その二つを扱う姉妹剣使いが、二人揃って俺の敵に回る事だ。


 そうなったら、シオンに守ってもらうしかないんだろうが。


〈まあ、失敗作二本の話はどうでも良いですよ。最優先で回収したい姉妹剣は、回復用の二本です。攻撃に使用する姉妹剣は十分に集まっています。傷を治す手段のある姉妹剣は、勇者による魔王討伐に必要不可欠です〉


「回復用か。怪我を治せる姉妹剣もあるんだな」


〈治癒剣アスクレピオスと、魔吸剣ニーベルング。方法は違いますが、この二本は他者の傷を癒す能力が有ります〉


「方法?」


〈治癒剣の方は、負傷した肉体を、負傷する前の状態に直す、という能力ですので、極端な話、死者の蘇生すら可能です〉


「ええ!?」


 死者を蘇生って。


 ありとあらゆる魔法や異能の中でも、トップレベルに実現が困難なヤツじゃないか。


〈魔吸剣の方は、名前の通り、魔力を吸収してため込みます。ため込まれた魔力は、所有者は勿論、任意に対象に贈与する事が出来ます〉


「……魔力を他人に渡して、怪我が治るのか?」


〈魔力とは、生命力そのものですから、魔力に満ちた人間は、大幅に体力や怪我の回復が早まります〉


 そうだったんだ。


 何となく、体力と魔力は別の概念だと思っていたが。


 ということは、シオンやアイリス、カトレア教官たちも、姉妹剣を使用する度に魔力を消耗しているらしいが、アレは自分の生命力を失っている、という事なのか。


 だから、並はずれた天才児や、常人離れした連中にしか扱えない訳だ。


〈しかし、魔吸剣による回復は、あくまで自己治癒力の促進ですから、手足の欠損や、重い怪我は治せませんし、死亡した状態からの復活は不可能です〉


「……んん? じゃあ、治癒剣は、完全に魔吸剣の上位互換なの?」


〈いえ。一長一短です。治癒剣は、肉体を負傷前の状態に直す、という能力なのですが、二十四時間前についた傷は戻せないのです。ですから、死亡してから二十四時間経過した死体も蘇生出来ません〉


 そりゃそうだ。


 死者を完全に蘇らせる手段が有るとすれば、墓地に眠る死者を全員生き返らせたり、先日シネラリアが使役していたゾンビ共も全て生き返らせれる事になる。


 それはそれで不条理というものだ。


 どんな強力な能力にも、限度というもはあるだろう。


〈対して、魔吸剣は二十四時間前の負傷であろうが回復出来ますし、姉妹剣使いを対象にした場合、姉妹剣を使い続けて消耗した魔力を回復させる事も出来ますので、継続的に戦闘行為を続ける局面においては、治癒剣よりも魔吸剣の方が有効です〉


「なるほど。その二本は、出来れば優先的に回収した方が良いんだな」


 回復専用の姉妹剣。


 この剣に関する情報は、割と有益に感じられた。


 回収出来れば、勇者一行の戦略に幅が出るし、何より敵対者が持っていた場合でも、あまり直接的に被害を受けるタイプの武器ではないようだ。


 ソレを考えてみると、氷結剣、爆炎剣、雷鳴剣、真空剣のような殺傷能力の高い姉妹剣が、全て俺の味方と言って良い連中が持っている、というのはかなり運が良かった。


 まあ、雷鳴剣を持っているヒース王子と、真空剣を持っているサフランが味方と言って良いのかは、微妙なんだが。


〈残り二本は、別に失敗作でもないんですけどね……いまいち私には使い道が思いつかない姉妹剣です〉


「どういう事?」


〈千里剣ギャラルホルンと、転移剣ドラウプニル。補助用の姉妹剣なんですけど、どちらも戦闘能力皆無なんですよね〉


「剣なのに?」


〈千里剣は、所有者の声を、遠くにいる他者に届ける、という能力を持った槍で、転移剣は、空間転移する能力です〉


「……?」


〈だから、要するに遠くの人間と話せるようになる能力と、別の場所にワープする能力ですよ〉


「……それはそれで結構便利そうだけど……」


〈離れた位置にいる連中と話せて、一体何になります? それに、ワープと言っても、一度行った事のある場所にしか移動できませんよ? やたら消耗しますし。それなら、天馬剣スレイプニルの方が便利じゃありませんか? あの姉妹剣なら、何処にでも一瞬で移動できますけど〉


「なるほどな……」


 遠くにいる相手と話す千里剣ギャラルホルン。


 別の場所にワープする転移剣ドラウプニル。


 どちらも、長所や強みが理解しづらい姉妹剣だ。


 しかし、だからこそ恐ろしい能力であるような気がする。


 特に、一見役に立たなそうな千里剣ギャラルホルン。


 この姉妹剣は、使い道を考察すると、一番恐ろしい能力なのでは。


「とりあえず、姉妹剣の性能は全部把握出来た訳だ。後は、ソレを探して集める算段をつけないとな……」


 これで、新たな姉妹剣使いと出会う事になっても、あまり驚愕する羽目にはならないだろうけど、実際問題、俺の戦闘力や生命力の類が一般人と大差ない……というか、ごく普通のオッサンと殴り合っても負ける程、弱い若造である事は変わらない。


 近くに強い身内がいないと、姉妹剣使いに襲われた瞬間に即死する事は確実だ。


 だからこそ、少しでも多くの姉妹剣使いを味方にして、敵対関係にある姉妹剣使いの動向には注意しなければ。


 特に、先日出会った冥府剣の使い手、シネラリアだ。


 あの女の姉妹剣は、死体であるならどんな生物だろうが自在に操れる。


 強大な魔物の死体を使役されでもしたら、人数的に有利な現状でも楽観視できない。


〈まあ、既に過半数近くの姉妹剣は貴方の味方が所有していますし、気長にやって行きましょうよ。残り六本の内、四本は戦闘には不向きなヤツですし〉


「……チェスと一緒だよ」


 俺はホリーとチェスと再開しながら、そんな事を呟く。


「どんな駒にも、利点や使い道はある。最強のクイーンだって、場合によっては簡単に取られるしね」


〈うふふ……貴方のクイーンは少々強すぎるのが玉に傷だと思いますが〉


 シオンを含めて、俺に好意的な神剣の所有者を駒扱いするのには、今でも強い抵抗を感じる。


 それでも、俺自身が無力である以上、他に生存方法は無い。


 それこそ、一歩ずつ逃げ回るしか能が無いキングのように。

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