第106話「やめろその話題は人死にが出る」

 平成三十一年、現代の日本。

 三島由紀夫女子高生が去った翌日の文芸部の部室で、直木三十五女子高生が宮本武蔵非名人説を唱えていた。

 直木三十五女子高生は宮本武蔵(一般人が想定する二刀流の剣豪を指す言葉。だが今は宮本伊織として生きている)よりもずっと上泉伊勢守信綱の方が強いと信じており、武蔵は自分より格下の武芸者としか戦わない卑怯者だと主張した。それに対して菊池寛女子高生は武蔵名人説を唱えて反駁し、お前はどうなんだと直木に詰め寄られた吉川英治女子高生は仕方なく自作の「宮本武蔵」を読ませたが、直木はこれは史実通りに書かれた物語ではないとして取り合わなかった。

 だがいきなり宮本伊織と佐々木燕と卜伝部長が文芸部の前を通りかかって、とにかくすごい仲睦まじい様子で談笑しながらその場を去った。

 カップリング論争が起こった。




 ◯直木十七なおきじゅうなな

 日本を代表する文学賞である直木賞の名前の元になった作家が転生した姿。代表作「南国太平記」のほか、「日本剣豪列伝」を初めとした剣豪に関するエッセイも多く、吉川英治が「宮本武蔵」を書くきっかけとなる宮本武蔵非名人説を唱えたことで有名だが、直木は「宮本武蔵」が発表される前にこの世を去った。

 余談だが角川文庫の「七人の武蔵」では直木の「宮本武蔵」をなぜか武者小路実篤の作品とする編集ミスがあり、そのせいで武者小路実篤が武蔵非名人説を唱えたみたいになってしまっている。

 直木賞の知名度の割に自分の作品があまり読まれていないことを正直気にしている。


 ◯菊池寛巳きくちひろみ

 まあまあ知名度がある作家が転生した姿。芥川龍之介や直木三十五と親交があり、二人の死後にその業績を記念して芥川賞と直木賞を作ったことで知られる。

 代表作「恩讐の彼方に」のほか、教科書にも掲載された「形」が非常によく読まれている。

 自分の名前を冠した菊池寛賞よりも芥川賞や直木賞の方がずっと有名になってしまったので、正直ちょっと後悔している。


 ◯吉川英子よしかわひでこ

 日本を代表する数多くの時代小説を執筆した文豪が転生した姿。

「三国志」「新・平家物語」「私本太平記」などの作品群は国民文学とも呼ばれ、なかでも代表作「宮本武蔵」は現代の宮本武蔵像を決定付けた古典として知られる。「随筆・宮本武蔵」では武蔵についての詳細な考証を行った一方で、実際の執筆では必ずしも史実に拘らない小説的想像力に富んだ作品を発表した。

 直木三十五や菊池寛に比べて遥かに自分の作品の方が読まれてることを知って正直勝ったなと思っている。



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