第30話「幕間――〈長井零路〉に関するいくつかの事実報告書」

 ――人類が銀河を遠く離れ、全宇宙規模の高度な文明を築いた数億年後。

 天の川銀河から七千光年離れた、いて座散光星雲M17に時空管理局が現れた。

 時空管理局はブラックホール第三惑星(一般人の想定するブラックホールの三番目の惑星を指す言葉。惑星で使われる全エネルギーをブラックホール周辺に建設された人工降着円盤の差動回転運動によってまかなっており、スペースチタニウムの産出が豊富)よりもずっとブラックホールに近い事象の地平面シュバルツシルト面の内側に建設されていたが、これは光さえ脱出できない時空に存在することで内部の情報を遮断し、あらゆる歴史改変における波動関数の収束から生じる量子デコヒーレンスの影響を防ぐためであった。

 そして、その危機管理部署において、諸星隼人は「〈長井零路〉に関するいくつかの事実報告書」と題された文書を読み終えていた。その短い文書の第1ページ目には、およそ次のような文章が記述されていた。


【世界観】


 ・一般的な女子高生は強い

 ・その中でもより強い者として、兵器を持った女子高生が少数存在する

 ・基本的にはレールガン女子高生が強さの頂点に君臨する

 ・女子高生は高等学校に通っている

 ・女子高生は女子大生を経て大人(社会人)に変質する


【確定された事項】


・レールガン女子高生があらゆる物事の頂点である

・レールガン女子高生はおよそ何でもできる


「――なんです、このふざけた文章は?」

 諸星隼人は呆れたような声を出した。

「だから、それが現在我々が追っている《対象》に関する全情報よ」

 危機管理部署主任の真船圭は嘆息気味に呟いた。諸星は再び文書に目を落とす。

「レールガン女子高生はおよそ何でもできる……この何でもできるというのは、文字通りの全能という意味ですか。たとえば〈長井零路〉は自分の力で持ち上げられない石を創造することができるとでも?」

「結論からいうと、できる、ということになるわね。たとえ生起した現象に矛盾が生じていようと、《対象》が為す行為には因果律も論理の破綻も関係がない。その現象が生起したと世界に記述されれば、とにかくそれは、ということになるのよ」

「わかりません。これではまるで禅問答だ」

 諸星はまだこの危機管理部署に入署してから日が浅く、この〈長井零路〉という「逃れ得ぬ現実」に対する認識もまだ甘いものであった。

「とにかくこのふざけた存在がこうして大規模な歴史改変の活動を始めた以上、我々はそれに対処しなくてはならない。我々にとってはそれで十分よ。信じたくないことだけど、《対象》はすでに彼女以外の《単独概念》とも接触している。宮本武蔵、柳生十兵衛――連中が既に彼ら自身の意思で歴史に干渉しているとしたら、悪夢だわ」

 真船主任は舌打ちした。

「とにかく彼女が何を目的にしているか、否、何も目的にしていなくても、我々には関係ない。私たちは私たちの仕事をするだけよ」

「それで、具体的にどうするんです?」

「《彼》の封印を解くわ」

 時間破壊機獣〔メカラディアン〕――それはかつて時間を破壊していた恐るべき災厄の獣の骨格を基盤に、スペースチタニウム装甲によって作り上げたブラックホール第三惑星の最終兵器であった。

 メカラディアンは拘束具を外されると雄叫びをあげていきなり過去へとシフトし、レールガン女子高生が改変した結果となるいくつかの生起事象を歴史の修正力によって破壊し始めた。

 石田三成は5ちゃんねるのコテハンになった。

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