第21話明石の乱 下編 武蔵の自己犠牲 末篇
全身がはち切れんばかりの筋肉に覆われた明石ジョアン全澄は、メキッ!メキッ! と爪が伸び、牙が生え、頭に鹿のような角が生えた。赤い血の涙を流したその瞳は白眼を剥き、意識を、精神をベルゼブブに支配されているようだ。
「明石殿、娘を救いだすのであろう、正気を保たれよ! 」
ギェーーーッ!
鬼に変身した明石ジョアン全澄は、この世の者とは思えぬ叫び声をあげ、武蔵の願いも虚しくベルゼブブの魔道へ堕ちた。
魂を乗っ取られた明石ジョアン全澄は、有り余る力を振るって魔道転生の逆御芒星の祭壇へ一撃を降り下ろし粉砕した。
武蔵は目を閉じて悲しく首を振り、
「もはや、最後の戦国の将、明石ジョアン全澄はこの世におらん。ならばワシが最後の戦国を終わらせよう」
武蔵は、背中へ庇う千代姫を背後に突き立つ帆柱へ隠れさせ、明石ジョアン全澄へ魔封じの刀、了戒をを正眼へ向け構えた。
鬼と化した明石ジョアン全澄は、その豪腕を武蔵の頭を弾き飛ばさんばかりに振るった。
武蔵は、相撲の稽古にある腰を落として身を沈める
中空に浮かぶベルゼブブが、
「武蔵はん、あんまりチョロチョロと抵抗してるとワイにも考えがありまっせ、おとなしく明石ジョアン全澄に殺されなはれ」
「ベルゼブブよ。ワシは千代姫を無事に明石城へ連れ戻さねばならんでな、それにカタリナお純と国松君も取り戻すつもりだ」
「武蔵はんは欲深でおますな。ホンなら、ワテは千代姫を狙うとしまひょか」
ベルゼブブはそう言うと、マモンに国松とカタリナお純をあずけて千代姫目掛けて飛んで来た。
「ベルゼブブ卑怯だぞ!」
「卑怯は悪魔の誉め言葉だす。ほなら千代姫を人質にいただきます……」
と、ベルゼブブが長い左足をまるで腕のように伸ばした。
ヒュン!!
海上の暗闇からベルゼブブの左足目掛けて矢が飛び、その左足に突き刺さった。
「
ボワッと、海上に
ボワッ! ボワッ! 暗闇の海上を武蔵の乗る弁財船を取り囲むように、明石藩小笠原家の
先頭の百石船の穂先に武蔵の下の養子の伊織が弓をつがえて向かって来る。
「おお、伊織よ。よくぞ参った」
ドン!
一隻の船が弁財船へぶつかる。と、一人の若侍が船にとりつき駆け上がり、バサッとベルゼブブの左足へ一撃を食らわし、伊織が待つ船へ千代姫を逃がした。
「
「おお、三木之助! さらに剣技があがったようじゃの? これで形勢逆転じゃベルゼブブよ」
「そのようでんな武蔵はん」
と、ベルゼブブは再び飛びあがり、守備の弱そうな一隻の船へ向かって腹の中からハエを飛ばして船を乗っ取った。そこへマモンが下りてきて、
「ベルゼブブよ潮時だろう」
「マモンはん、ワテらには悪魔の種付けが残ってますからな。このまま国松とカタリナお純を連れて退却いたしまひょ。ここは鬼と化した明石ジョアン全澄に任せて引きましょ」
「待てベルゼブブ! カタリナお純をと国松君を返すのだ!」
ブンッ!
小舟に飛び移り追いかけようとした武蔵へ立ちはだかるように鬼と化した明石ジョアン全澄が豪腕を振るってきた。
「ええい! ここはワシが食い止める。三木之助、すぐにベルゼブブの乗った船を追跡するのだ」
「承知いたした」
三木之助は弁財船へ横付けられた小舟に乗って追跡に走った。
明石藩小笠原忠真の船団は直ぐ様ベルゼブブ追跡に向かった。
武蔵は、血の涙を流し続ける鬼と化した明石ジョアン全澄に向き直って、
「この船には明石殿とこの宮本武蔵だけになり申した。もはや邪魔立てするものは何もない。戦国最後の将の最期をこの武蔵が介錯つかまつる」
ギッーー! キッーー! グワッーー!
「む、む、む、武蔵よ。わ、わ、ワシを殺して、娘と国松君を救ってくれ……」
「明石殿! 正気を取り戻されたか!! 」
「徳川のキリシタン弾圧が始まって多くのキリシタンの
「否! 心の天下は広うござる。たとえ天下人と言えども心の天下の支配までは叶いますまい人はそれぞれ自由にござる」
「心の天下が叶わぬワシは悪魔に魂を売ってキリシタンの民草の解放を願ったのだ。だが、ワシが招いたのは民草を阿片で死兵とし、愛する娘と娘が愛する男と一緒にするという願いも破られた。今はこうして身も心も鬼とされワシは、ワシは地に墜ちた」
「遅くはござらん。明石殿の才あらば、小さいながらもこの地のどこかにキリシタンの隠れ里を作る事ならばかないましょう。心を強くお持ちなされ、そして娘を取り戻すのです! 」
グワッーー! ウォッーー! キッーー!
「武蔵よ、時間がないワシを殺してくれ……」
「
武蔵は、一閃の如く魔封じの刀、了戒を放って鬼心に苦しむ明石ジョアン全澄の首をはねた。
明石ジョアン全澄は、子を思う親心と、神を信じる無辜の民草の末路を案じる人として殉教した。
――三木之助が追ったベルゼブブの船は捕まらなかった。瀬戸内海を西国へ向かってやがて霧の中へ消えた。
どこへ行ってしまったのか――。
1章 明石の乱~了~
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