第16話明石の乱 下編 武蔵の自己犠牲 前半
空には明るい満月に北斗七星が寄り添うように輝いている。
明石湊ではポッと火が灯る燈台のたもとで、武蔵が浜へ
「彦め、三木之助へいかなごのくぎ煮が入った握り飯をくわせおったか。なんだワシはただの塩握りではないか、帰ったらあの爺ぃ叱りつけてやらねば」
握り飯を食らう武蔵は、時を同じくして、明石城で繰り広げられる三木之助と伊織の戦いで彦十が三木之助を庇って胸に矢をうけて死んだことを知らない。ただ、背後の明石城から合図の狼煙があがり小笠原忠真の勝利を知ったのみだ。
(そろそろワシの番か……)
――月明かりに照らされ沖合いから小舟が渡って来た。
「武蔵様、お迎えへ上がりました」
そう言って船から下りて来たのは、先日の密告の計画通り、儀式の白装束に身を包んだキリシタンのカタリナお純だ。
「カタリナお純よ。真によいのだな」
武蔵は、武蔵が沖合いの弁財船へ打ち込むと、カタリナお純の父、明石ジョアン全澄を裏切ることになる。それだけで済めばよいが、船には不死身の魔道の者が5人もいる。いくら武蔵でも手加減は出来ない。おそらく父と娘、今生の別れが今宵おとずれる……。
カタリナお純は、武蔵の腕を取り「国松様のお命だけは……」と哀願するようにこくりと頷いた。
武蔵も虎のような爛々とした瞳をカタリナお純へ真っ直ぐ向け、手を取って静かに頷き返した。
カタリナお純を船頭に、二人を乗せた船は沖合いの弁財船へ渡った。
弁財船こと千石船は、全長およそ30メートル船幅8メートルの竜の巨体を横たえ明石の沖合いで帆をたたみ停泊している。
船体の横に吊るされた縄ばしごを伝い武蔵とカタリナお純は弁財船へ乗り込んだ。
積み荷を船体へ積み込む商船のはずの弁財船が、信長の鉄甲船をおもわせる甲板に矢倉がある。
(これは戦船だ)
甲板が戦場なら、矢倉は城、この弁財船はまさに海の要塞といったところだ。
「武蔵様、この矢倉の中で父、明石ジョアン全澄は千代姫様を依り代に魔道転生の儀式を行おうとしています。早くお止めせぬと姫様の操が破られて、魔道の者の依り代になってしまいます。ささ、早く」
武蔵は、懐から赤い縛り縄を取り出すと、一方を歯で食わえ袖をキリリと
キィーと、矢倉の船室を開けると、ぷんと煙草のような煙が鼻へ飛び込んで来た。
船室は儀式の真っ最中だ。
(この薫りは
五妄星の中心で明石ジョアン全澄が、
「我等の時は来た。今こそ処女の操を引き換えに主、デウスの復活する時ぞ! さあ、国松君、この娘に神の種を解き放ち下され! 」
国松は、言われるがまま、するすると寝間の衣を脱ぎ捨てその身を晒した。自分の意思とは関係なく
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム……」
皆、阿片の麻薬に酔しれすでにまともな精神ではない。
潜伏し儀式を見守っていた武蔵は、突然! 阿片に精神を侵されでもしたのか笑い出した。
「ハハハハー!おかしい! おかしい! おかしいぞ!」
明石ジョアン全澄が振り返って聞き返した。
「主、デウス復活の儀式に紛れし不埒者は何者だ! 姿を見せい!! 」
武蔵は、宙を走るように飛び込み五妄星の頭の魔道の大男を蹴り倒し、祭壇の蝋燭や銀の杯を蹴り捨て、腰から魔封じの刀、
「我は不動明王の化身なり、この神の国で異国の神が不埒を働くと聞いた許しては置けない。さあ、天の裁きを受けよ! 」
そういうと武蔵は、千代姫へ覆い被さらんとする国松の
武蔵に抱き起こされ我に返った千代姫が武蔵を見つめて、
「武蔵! わらわを助けに来てくれたのじゃな」
「ご無事でございますか姫様! 」
「わらわは無事じゃ怪我はない。よう来てくれた武蔵よ。わらわはお前を待っておった」
千代姫は武蔵に抱かれながら真っ直ぐ武蔵の目を見つめた。
「姫様、今はこの窮地を生きて脱出するのが先決、言葉は後にございまする」
武蔵はそういうと千代姫を抱いて宙を駆け出入口に隠れていたカタリナお純へ預け、外へ逃がしドアを閉めた。
「この不動明王の化身となった武蔵を、キリシタンの主デウスの力がいかほどのものか試してみなされ、さあ、掛かって参れ!!」
つづく
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