「魔道明石城~宮本武蔵異聞~」

星川亮司

明石の乱

第1話大阪城落城

 慶長20年(1615年)大坂・道明寺――。


 兜を脱ぎ髪を荒立てた明石掃部頭あかしかもんのかみジョアン全澄てるずみが戦場の砂ぼこりでドロドロの顔もそのままに、まぶたを閉じて、陣屋の一角で従者たちと、マリア観音像を祀った祭壇へ一身に祈りをささげている。


 従者たちも胸の十字架を構えて祈りをささげる。


 ヒュー!っと、風を切る音。


 ドーンっと、地鳴りのような爆発音。従者の一人が、


「おお!本丸から煙が上がったぞ!これで大阪城は落城、豊臣の天下も終わりじゃ」


明石ジョアン全澄が、浮足立った従者、兵卒に目配せをして、覚悟を促して、


「静まれ兄弟たちよ。これで我ら豊臣秀頼公とキリシタンの盟約も反故(ほご)になった。キリシタン禁止令の徳川の天下をなんとしても生き延びてキリシタン主デウスの天下を造らねばならぬがもはや主は我らを見放したか……」


 息を荒げて、若武者が、黒地に金色の桐紋を羽織ったわらべの手を引いて陣屋へ入ってくる。


「父上!」


「おお内記、よくぞ無事で戻った! して秀頼公はご無事か?」


 静かに首を振る内記。


全澄、童の陣羽織に施された桐紋に気が付いて、


「その桐紋はもしや?!」


「左様にござる。ここにおわすは秀頼公の一子、国松公くにまつにあらせられる!」


「おお、主デウスは、我らを見放しておらなんだ。今は、散り散りに落ち延びて、かの高山ジュスト右近殿の領地であった明石・船上城ふなげじょうへ再び終結して、我らキリシタンが神の一撃を徳川へ食らわそうではないか!」


 しかと、見開かれたジュスト全澄の目は暗闇の猫のように細くこの世の者とは思えない魔性を帯びている。

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