41「クリヤーノ行政区」
「仲間を失い引退した元冒険者が、冒険者を目指す村の子供を育てている――か……」
「どうですかね?」
アランは翌日、取材のメモをまとめて『東スト』の編集部を訪ねていた。
「うん、力が弱くても弱い使い魔を狩れば冒険者――ね。良いじゃないの!」
「そうですか!」
ケイティはアランの書いた原稿を唸りながら読み、良いと言うが……。
「アラン君のメモも文章らしくなってきた! そのうち記事も書けるようになるわ」
「いやー……」
お世辞だと分かるが、褒められればアランは嬉しい。まんざらでもない表情で頭を掻く。
「だけどウチの読者はお金とか力とか、単純で分かりやすい話が好きなのよねー」
「そっ、そうですか……」
アランはガクリとうなだれた。金と力はアランも欲しい。誰だってそうなのはよく分かる。
「編集長は何て言うかなあ――。私はこんな話は好きなんだけどね」
たしかに全くハデさがない話だ。地味ではあるが冒険者の本質でもある。一般の人が微妙な感情を、どこまで理解して共感してくれるかが問題だ。
ウィリアンも読んでいるのだから是が非でもこれは記事にしたい。
「三人で三日間、小物ばかり狩ってお金になるのかしら?」
「魔導核だけじゃ無理ですよ。集落がくれる手当と、貴族の領主たちが積み立てている基金から補助金が出るんです」
「ふーん、お金の話がからんできたわね。そこも書きましょう。だいたいの手当と補助金の金額は分かるかしら?」
「ギルドで聞けば教えてくれると思います」
「ならだいたいでいいから取材してちょうだい。この話は記事にしたいわ。良い話よ……」
「了解です」
アランはすかさずギルドに向かう。事情を話すとティルシーは上司に相談に行った。
「大丈夫よ。だいたいでいいのよね」
と、心よく教えてくれる。元はギルドから持ち込んだ企画なのだ。
そしてアランは再び編集部に戻って、金額をケイティに伝えた。
「ふうっ……」
外に出てアランは息をつく。
今日は朝から忙しかったがまだお昼前だ。これから薬草採取するには中途半端だし、時間の使い方が難しい。どうしようかと考えた。
「そうだ」
ふと、『ラ・フロイデ』に行ってみようと思った。今日は新聞を売ったりメモを書いたりで、朝食は抜きだ。あそこはランチもやっている。たまには贅沢な昼食を楽しもう! と。
◆
店に入るとカウンター席に、長いウエーブの金髪が掛かった背中と細い腰が見えた。フェリアンの後ろ姿だ。そしてアランの気配を感じて振り返る。
「あら~」
「どうしたの?」
「今日は午後の仕事で、朝はお寝坊しちゃって~。屋敷の朝ご飯を食べれなかったのよ~」
「ふ~ん、それで早い昼食か」
アランは隣に座る。フェリアンは野菜とベーコンのパスタを食べていた。
「同じのを下さい」
『みゃー』の飼い主の母親のウエイトレスは、ニッコリと笑って注文を受けてくれる。
「仕事って卿の?」
「そ~よ~っ! アランは~?」
「新聞社の仕事は終わったし午後はヒマ人なんだ」
「だったら私の仕事を手伝ってよ~」
フェリアンはそう言って、フォークに絡めたパスタを口に入れる。
「僕が? かまわないけどお邪魔じゃないの?」
「じゃま、モゴない、モゴ、んん、わあ~」
口に手を当てモゴモゴさせながらだが、言っている意味は分かった。
「じゃあ付き合うよ」
二人は店を出て街の通りを歩く。空は厚く黒い雲に覆われていて、明日は雨かとアランは少し憂鬱になった。
「雨なら明日は休みね~。アランは~?」
「僕はそうもいかないよ~」
雨の日も物売りは休まないし、明日は休刊日だが雨の日であっても新聞は発行される。
フェリアンは街の中央、行政区の方へ向かい、アランはただ後に付いて行った。
「ここを行くの?」
「そうよ~」
二人は小さな門の前に立つ。それは行政区と商業区を隔てる塀に、いくつもある門の一つだ。
ここは人通りの少ない目立たない小さな門だった。
「中に入るの?」
「そうよ~」
「僕は紹介状も通行証も持ってないけど……」
「私もよ~」
「じゃあ入れないよー。この街の決まりな――」
と説明するアランをよそに、フェリアンはスタスタと歩いて進む。
「ちょ、ちょっと!」
そしてそのまま門を潜ってしまった。門番は特に何も言わない。
「早く来てよ~」
「うっ、うん……」
門番は何事もないように平然と立っている。アランは気味悪がりながら、フェリアンを追った。どうやらこれは
「こんなことも出来るんだ……」
「は~い」
行政区の中は、アランたちのような冒険者の恰好をした者たちも大勢歩いている。貴族の抱える私兵団だちだ。
フェリアンは冒険者登録をしているが、セルウィンズ卿の私兵でもある。
アランはこの中に入ったのは始めてなので、ついキョロキョロと周囲を見回す。
風景は外の街並みとさほど変わりはない。石造りの三階、木造に漆喰を塗った壁の二階建が混在しいてて、小さな商店、レストランなどもある。
ここは行政区で働く一般の人が住む区画のようだ。商人の姿も多かった。さすがにアランのような路上の物売りはいない。
どうやら、ここの門は中で仕事をしている一般人の、裏門のように利用されているようだ。
「仕事って何なの?」
「さあ~」
フェリアンはあえてとぼけたように言う。アランとしてはあまり突っ込めない。フェリアンが依頼された仕事だからだ。
たとえ依頼主が同じであってもアランには言えない事情があるのかもしれない。
「目的意識を持つと
なるほど、と思った。どうやらアランは、事情を知ると周囲から無視できない存在になってしまうようだ。
二人は貴族の屋敷が建ち並ぶ区画に入る。
「僕の手助けが必用なの?」
「アランには私の後ろを警戒して欲しいの~」
「分かった!」
そうは言ったが『ラ・フロイデ』でフェリアンは、背後のアランの気配にすぐに気が付いた。後方警戒などは不要だろう。
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