42「吸血の屋敷」

 二人は貴族の屋敷が建ち並ぶ区画へと入る。フェリアンは路地裏を進み屋敷の裏口へと回った。


「ここが目的地?」

「そうよ~、付いてきて~」


 ここにも門番はいたが誰何すいかなどはされない。中に入り廊下でメイドなどともすれ違うが、まったく無視される。奇妙な感覚だった。


 扉を開けて二人は階段を地下へと下りる。ひんやりとした空気がアランの頬を撫でた。


「地下室か……」


 フェリアンが小さな光の球フラッシュライトを作りだし先へと飛ばす。


 短い廊下があり、左右と突き当たりに扉がいくつかある。フェリアンは気配を読みながら進み、結局突き当たりで停まった。


「ここね~」


 そして鉄で補強された木の扉に付いている、小さなのぞき窓を開けて中を確認する。


「いたわ~」

「いったい何なの?」

「吸血の使徒の浄化~。ここのお嬢さんが森で感染したのよ~」

「えっ」


 セルウィンズ卿がこの屋敷の貴族から頼まれた仕事なのだろう。しかしこれは、本来は教会へ依頼する仕事のはずだ。


「! 後ろに気配が……」

「う~ん。来たわね~っ!」


 フェリアンが後方にも光の球フラッシュライトを飛ばすと、屋敷の使用人が光に照らされた。二人の男性と一人の女性が立っている。


 彼らは魔法マジックの影響を受けていないのだ。そして三人の目は真っ赤に染まっていた。


 アランは慌てて剣を抜き、フェリアンは魔導具の杖を突き出す。


「うおっ!」


 飛び掛かってきた三人に向かって、長細い光が次々に発射され命中した。


 まばゆい光が薄暗い地下を明るく照らす。使用人たちは崩れるように座り込み、そして倒れた。


「ふう……」

「浄化の光よ~。この人たちはこれで大丈夫~」


 相手は人間だ。浄化すれば正常に戻るのに、咄嗟に剣を抜いてしまったとアランは反省した。浄化の仕事はやったことがないのでつい、いつもの使い魔相手のように体が動いてしまったのだ。


「他に吸血の使徒は?」

「屋敷の中はこの三人と、残りはこの部屋の一人ね~」


 フェリアンはそう言ってから、杖の先で大きな錠前をコツンと叩く。ガチャリと外れた鍵を外して扉を開けた。


 先に光の球フラッシュライトを滑り込ませてフェリアンが入り、アランも後に続く。


 じめっとした空気と嫌な臭いが鼻をつく。部屋の隅には簡素なベッドがあり、そこには緑の髪の少女が毛布を被ってうずくまっていた。顔を上げて二人を見る。


「誰……ですか……?」


 片目は普通だったがもう片方の目が赤く、吸血の使徒ではあるが完全に発病はしていないようだ。


「あえて半感染にして、周囲の人を苦しめているのよ~。悪魔って嫌らしいわね~」

「半感染?」

「そう、人間の意識と吸血の状態が混ざっているのよ~。今は人ね~」


 少女の髪はホコリだらけで顔は黒く汚れていた。表情に精気はなく意識を保つのも辛いようで顔を伏せる。


「浄化できるの?」

「もちろんよ~」

「わたし――、た……すかるの?」


 少女は力なく顔を上げて声を絞り出す。そしてアランに視線を送った。


「ア……ラン――、アラン……なの?」

「知り合いなの~?」

「いや……、でも……」


 アランは記憶を探った。ここは貴族の屋敷で知り合いは――、確かに声には聞き覚えがあった。そして思い出す。


「オーフィ、オーフィじゃないかっ! ここはアルデンス家の屋敷なの?!」


 その少女は、あの『華麗なる三令嬢』の一人、令嬢アルデンス・ゼーベ・オーフィンヌだった。


「知り合い~?」


 アランは手短に事情を説明した。


「そうなの~、今助けるからね~」

「だっ、だめですっ!」

「ん~?」

「わっ、私が浄化されれば、ランシリ様が――死んでしまいます……」

「それは悪魔の誘惑、戯れ言よ~。私とアランがそのお嬢様も助けるから~、大丈夫よ~」


 周囲の人間はその言葉を信じて教会も浄化を出来ず、オーフィをこの地下室に監禁、閉じ込めた。


 そしてランシリも同じ境遇にあるようだ。やはりあの・・山荘にいるのだろう。


「そんなの、私が許さないわ……」


 そういうオーフィは、もう片方の目も赤くなり完全に吸血の使徒となる。


「えいっ!」


 フェリアンはそう言ってオーフィの頭に手を添える。更に杖を当てると、またしてもまばゆいが発生した。


「あっ、ああ……」


 オーフィはうめいてから体を脱力させる。フェリアンは抱き留めてベッドに寝かせ、毛布を掛けた。


「あの三人は食事を持って来た時にでも感染したのね~。これが半感染の怖いとこなの~。戻ったと思ったら突然吸血になるのよ~」


 この部屋には食事を入れる小窓などはない。普通の貴族の屋敷に、そのような監禁部屋がある方が異常だ。


「彼女は戻ったの?」

「うん~。もう大丈夫よ~、助けを呼びましょ~」



 二人はおもてに出た。フェリアンが左手を差し出して広げると、そこに白い光が発生する。そして鳥の形になって空に飛び立つ。


電書鳩ピジョンメールよ~。卿が近くにいるの~。すぐに衛兵とお医者さんがくるわ~」


 セルウィンズ卿は城壁の中で成り行きを見守り、待機していたようだ。


「アラン~、明日は屋敷に来てもらうと思うわ~。ギルドにレターが行っているはずよ~」


 フェリアンは、アランもランシリを助けると言っていた。この仕事に参加させようとしているのだ。


 卿がそう考えているのだろう。

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