1-18 正体

 くちゃくちゃと冒険者の肉を咀嚼している魔物が食事を中断し、鼻をひくつかせる。


 よく見ると、あの魔物が食べている冒険者は、剣士の仲間達の一人である盾使いの男性のものだった。


 魔物は咀嚼する。皮膚を裂き、肉を食いちぎり、口の中へと放り入れる。


「なんだよこの魔物.......ッ!?」


 その魔物は異形だった。


 赤い肌に頭部が異常発達した独特の体躯、四本の手足に鋭い三本の鉤爪。僕がこれまでに見てきた事がない魔物だった。


「馬鹿な!? 何で食人鬼しょくじんきがこんな近辺に現れるのだ! こいつは本来、ここから遥か西の金鉱山にしか生息してない筈だろう!」


 僕が魔物を見て驚いている時、アシュレイは魔物の名前を口にする。


「アシュレイはあの魔物を知っているのか?」

「ああ、知っているとも。こいつの名前は食人鬼。人の肉を好み人を襲う凶悪な魔物だ」


 っ、そうか.......!


 僕の中であの違和感が払拭された。


 食人鬼の仕業なら、ボブゴブリンの肉は食われず残っていて、冒険者の肉は残らず食べられていたのが説明がつく。


「この世界には人を襲う魔物がわんさかいるが、食人鬼ほど率先して人に襲いかかる魔物がいないとも言われている。まさに名前通りのやつだ」


 アシュレイは食人鬼を見つめ、唇を噛み締めながら言った。


 なんて危険な魔物だろうか。被害を拡大させないために、ここで仕留めておくべきだろう。


「あの食人鬼が剣士の仲間達を殺したに違いない。敵討ちもそうだが、これ以上被害を広げない為にも討伐をするべきだな」


 僕は戦う事を選び、ベルトからダガーを抜いた。


これ以上食人鬼は放ってはおけない。 野放しにしたままでは、必ず次の犠牲者がでるだろう。だから、ここで倒すんだ。


「いや、今すぐ逃げるぞウェルト」


 そんな僕に、アシュレイは一瞬の迷いすらなく言い放つ。


「お前の考えは真っ当だが、相手が悪すぎる。食人鬼は脅威度Cの魔物。私達では到底手には負えない」

「脅威度Cだって.......!?」


 脅威度Cと言ったら、Cランク以上の冒険者が束になってやっと勝てる魔物だ。


 そんな強敵に対して明らかに僕達は力不足。だが、僕の中にはひとつの疑問が湧き出てきた。


「アシュレイ、食人鬼から逃げて冒険者ギルドに報告したらネメッサの街以外から応援が来てくれるのか? ネメッサの冒険者で一番ランクが高いのはDランクのアシュレイとゴンザレスだ。Cランク以上の冒険者が束になってやっと倒せる食人鬼を果たして止められるのか?」


 そうだ、こいつがアシュレイが手に負えないなら、ネメッサの街にいる冒険者達では尚更だろう。


 Fランクの僕が言うのもなんだが、F~Eランクの冒険者達は食人鬼にしてみれば取るに足らない存在。いや、最早もはや餌とだけしか認識しない筈だろう。


「確かに私達の街の冒険者では倒せないだろう。だが、食人鬼が出現したとギルド報告すれば、エルクセム王都から編成された討伐隊がやって来てくれる」


 アシュレイは話を続ける。


「だから私達は食人鬼の情報を街に持ち帰ることが優先するんだ。ここで無理な戦いを挑んで私達が殺されてしまえば、次の発見が長引いてしまい、被害が広がるだけだ」

「.......ぐっ」


 確かにその通りだ。


 アシュレイの意見は限りなく正しい。ここで僕達が食人鬼が近辺に徘徊している事実を街に知らせなければ、また剣士の仲間達のような犠牲者がでてしまう。


「そうだよな.......。分かった、ここは一旦引こう」


 僕達は足音を立てないように、食人鬼からそっと離れ、街に向かう。


 ――はずだった。


 僕の頬に赤い線が走る。不意に食人鬼が手を止めたかとおもえば、食人鬼の長い腕が鋭い槍のように変形し、僕の頬を掠めて壁に突き刺さった。


「ッ!?」


 僕の頬から一筋の血の線が流れた。どうやら食人鬼は既に僕達の存在に気付いていたらしい。


 冒険者の死体を放り投げ、食事を中断するとのろのろと食人鬼は立ち上がる。


「ゲッゲッゲッ.......」


 そして、わらった。


 口から血を零しながら、僕達を見て食人鬼は嬉しそうな表情になった。


「まずい、見つかった!?」

「足止め代わりだ! フレイムカノン!」


 アシュレイの重砲から炎の塊が食人鬼の真下に向かって放たれる。フレイムカノンは石畳に衝突し、食人鬼を巻き込みながら火柱をあげた。


「ゲッ!」


 しかし、一瞬で火柱は掻き消される。食人鬼は腕を真横に振っただけで風を巻き上げ、炎を消し飛ばす。


 フレイムカノンを容易く破られたことに驚くアシュレイを無視し、食人鬼は腕をしならせて、鋭い突きを僕に向かけて放つ。


「瞬歩!」


 僕は咄嗟に後方に飛び、食人鬼のムチのようにしなる腕を寸でのところで躱す。


 前に倒したヒュージスライムキングの触手とは比べ物にもならない威力だ。食人鬼の腕は固い石の床を貫き、深々と突き刺さっていた。


「閃刃!」


 僕はここぞとばかりに閃刃を発動し、地面に嵌った食人鬼の腕をダガーで切り裂いた。


 が、食人鬼の腕には細かい切り傷ができただけで、逆に僕のタガーにひびが入る。


「まじかよっ!?」


 僕は使い物にならなくなったダガーを投げ捨て、あのチンピラ二人から奪ったダガーを取り出した。.......奪っておいて良かった。


「アンカーショット!」


 食人鬼は腕を地面から引き抜いたが、その腕をアシュレイがアンカーショットで拘束する。


 鉄で出来た柵バサミががっちりと腕に嵌り、洞窟の壁に貼り付けた。


「くっ! 歪風!」


 僕はすかさず歪風を放つ。風の魔力を纏った斬撃が、食人鬼の頭部に衝突した。


 頭から血を勢いよく噴射し、食人鬼は僅かに怯んだが、歪風によって付けられた傷はみるみると塞がっていき、ものの数秒で戻通りになった。


「再生能力高すぎんだろ! っつッ! 危ねぇブレードブロック!」


 食人鬼の片方の腕が変形し、槍で突くように僕に飛んでくる。 すかさずブレードブロックで上にかちあげて防御したが、代償にダガーの刃がへこんで僕の腕が痛みに浸る。


 食人鬼の腕は天井に突き刺さり、パラパラと音を立てながら小石が落ちていく。


「ラピッドショット!」


 腕が天井に取られている隙に、アシュレイが食人鬼に向かって高速の弾丸を重砲から放った。頭から黒い血液が空中に舞うが、何事もなかったように再び再生される。


「瞬歩! そして絶命剣!」


 追い討ちをかけるように、一気に距離を詰めて食人鬼の目を絶命剣を使いダガーで抉った。へこんでいたダガーが完全に折れ曲がり、手に肉を刺した嫌な感触が伝わる。


「ウェルト! 今すぐ離れろ!」

「なっ!?」


 アシュレイが叫んだと同時に、食人鬼は口を大きく開けて獰猛な牙を露わにして、僕を飲み込まんと食らいついてきた。


 ガチィン、と空を噛む音が聞こえ、食人鬼の牙は空を切った。


 アシュレイの掛け声のお陰で、咄嗟にダガーを手放す事が出来た。一瞬の間に、食人鬼の腹を瞬歩で蹴り飛ばして避ける事に成功する。


「おいおい.......嘘だろ?」


 食人鬼は目から刺さったダガーを引き抜き投げ捨てる。


 カランと乾いた音を立ててダガーは地面に落ち、食人鬼に足で踏み潰された。ダガーはボキボキと砕ける音を鳴らしながら壊れていく。


「どうすんだよあれ! 抉った目がもう再生しかけているんだけど!?」


 目が潰れている隙に逃走を仕掛けようとしたが、これでは無理そうだ。ヒュージスライムキングの再生能力は異常だったが、こいつも大概だろう。


「ウェルト! 食人鬼を倒す方法は頭部の中心に存在する脳を破壊するか、強固な外骨格で守られた腹の中にある心臓を破壊するしかない! 腕を切られたり目を潰されたりした程度では、持ち前の高い再生能力で回復されてしまう!」


 なんつー化け物。脅威度Cなのが頷ける巫山戯た強さだ。


 だが、どうする?


 目を潰した隙に逃げることも出来ないし、アシュレイのフレイムカノンも風圧を起こして無力化されてしまう。


「アシュレイ、本当はやりたくないんだが.......生き埋め覚悟で僕に掛けてみないか?」


 だから、僕は提案する。出来ればやりたくないが、生き残る為に思い付いた方法はこれしかなかった。


「その賭け乗った! 私は何をすればいい!?」

「僕が食人鬼の囮になる! その隙にアシュレイは天井にフレイムカノンを何回か撃ち込んでくれ。石が熱で溶け始めたと思ったら、バラージウォールでここの小部屋を倒壊させる。灼熱を孕んだ石の岩に埋もれされるのは、いくら食人鬼でも有効だと思う!」

「任せろ!」


 アシュレイの言葉に頷き、僕は食人鬼に接近する。食人鬼は自分から餌がやってきたと顔に歪んだ笑顔を浮かべ、腕を伸ばしてきた。


「背負い投げッ!」


 僕はその腕を両手で掴み、食人鬼を頭から地面に叩きつける。


 僕が請け負うのは時間稼ぎ。故に、少し怯ませるぐらいしか効果のない歪風や絶命剣は使わない。


「フレイムカノン!」


 僕の稼いだ時間でアシュレイがフレイムカノンを天井に放つ。 爆炎が上を覆い、熱気が空間に充満する。


「ゲェゲッゲッ!」


 食人鬼は僕に叩きつけられた事に怒ったようだ。 元々赤い肌が、さらに赤くなって新鮮な血液のような色になる。


「いいよ、かかってこい」


 手を子招きして食人鬼を挑発する。その動きに反応したのか、口を三日月のような形に開き、獰猛な牙を持って僕に襲いかかる。


「ブレードブロック!」


 僕はダガーを牙と牙の間に差し込み、食人鬼を必死に抑える。


 くっ.......なんて馬鹿力だ。これ以上やるとあの牙で全身が噛み砕かれ、食われてしまう。


「フレイムカノン!」


 抑えている間にフレイムカノンが再び放たれる。僕と食人鬼の真上が赤く染まり、熱気が襲う。


「バラージウォールを放つぞ! 今すぐ離れろウェルト!」

「っし! 回し蹴り!」


 食人鬼の顔面を右足で蹴りあげ、怯んだ隙に脱出する。ダガーはかなり牙の奥まで食いこんでいたから、少し勿体ないが手放した。


 命あっての物種だ。


「バラージウォール!」


 重砲から弾幕が展開される。弾丸の雨が天井に当たり、熱と衝撃を加えられていた余波に耐えきれなくなり倒壊が始まった。


 大きな亀裂がジクザクと入っていき、小部屋は轟音を立てながら倒壊していく。


「さっさとずらかるぞ!」

「ああ!」


 僕達は食人鬼に背中を向け、全速力で走り出す。石の通路をひたすら走り、ボブゴブリンの死体の山を抜け、爪痕が刻まれた壁の間を通り過ぎ、音無の洞窟の外へと脱出した。


「はぁ.......はぁ.......はぁ.......」

「くっ、はぁ.......」


 音無の洞窟は全体が揺れ始め、ダンジョンそのものが倒壊していく。僕達が入口を見た時は、瓦礫の山で既に埋もれていた。


 いまだに息が荒いがホッとする。


 食人鬼と対峙した緊張感とフレイムカノンで生じた熱気で全身かは汗が吹き出していた。隣を見ると、アシュレイも顎から大量の汗を滴らせている。


「なんとか逃げきれたようだな」

「ああ、本当に危ないところだっ」


 僕の台詞が大きな音で遮られた。


 瓦礫の山を崩し、中から現れたのは食人鬼。全身に熱い石で打ち付けられた傷がじゅわじゅわと再生させながら僕達を見据える。


 口から牙の間を挟まったダガーを刺さった魚の骨のように抜き取って、噛み砕く。


「ゲァァァァァッッッ!!!」


 食人鬼の怒声が周囲に響き渡る。


「おいおいおい.......そんなのっていくらなんでもありかよ.......」


 食人鬼からの攻撃は、まだ終わらない。

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