237話 ショー

 レベル七十五……これが、ジグの最初に与えられたレベル。

 流石に、このフレイス連邦国に転生するになると分かった女神もアキト同様にレベル1からでは確実に死んでしまうと踏んでこのレベルからのスタートとなっている。


 だが、今のジグにとってレベルなどどうでも良かった。

 刑務所内では基本、柔軟や筋トレ、外へ出られる時はひたすら走り込むなどともかく自分の体を鍛え上げて来た。

 その時の身体能力も加味されているので、ジグはもう既に体は出来上がっている。


 迫るエーリは、地面すれすれの低軌道で水平に両腕を振り抜くと、空気を切り裂くような音を奏でながらジグの体へと到達させる。


「腕は、早いな……あっ……」


 それに合わせ、ジグも腕を伸ばし軌道を読んで迫る腕に合わせようとするが、いかんせんジグは元の世界で二十歳を超えており、大人という体を何年もやって来た。


 いくら、体を鍛え、課金して来たゲームアカウントが味方であろうとも、自分が思っている感覚は大人を想定したものだ。

 実際動くのは少女の手足、かなりのラグやリーチの短さなど不都合な部分がかなり出て来る。


 ジグは腕を出し受け止めようと力を入れるが、思っていたよりも腕が短く、軽々と直前に軌道をずらされ右脇腹と左肩に直撃し、闘技場の端まで吹き飛ばされる。


 その瞬間ーー

 会場にいた者は圧倒的なエーリの力を見て、考えていた事は杞憂だった、昨日はまぐれだったんだと思考を切り替え、いつものような熱気に包まれる。

 人間に対する罵詈雑言や、雄叫び、歓声など様々な声が上がり、一気にアウェイ状態となる。


 闘技場の壁に穴を開けるほどの威力で突っ込んだジグは崩れた壁に埋もれ、身動きが取れなかった。


「これは、私の体であって私の体でない……忘れてましたよ」


 殴られた二箇所がヒリヒリと痛むが、レベル七十五の装備を積んだジグにとって、虫刺され程度のものだった。

 どうしたものかと、ジグは考えをめぐらせながらゆっくりと瓦礫の下から這い出る。


 何事も無かったかのようにジグが瓦礫の下から出ると、さらに会場は盛り上がる。

 一撃でやられておらず、この殺戮ショーがまだ見られると言う興奮と共に、今日からお試し運用で国公認の闘技場での賭け事が解禁されている。

 それも合間って、すぐに試合が終わってしまっては面白みがないので、ジグが入って来た時の思考はすっかり無くなり、観客は皆各々楽しんで見ていた。


「生きて……たか……」


 砂埃など着ている服が汚れたのでジグは手で軽く払いながら、あっけらかんとした様子で再び闘技場の石版で出来たフィールドへ戻る。

 そして、その少距離の移動で、ジグは自分の体と脳の誤差を最大限小さくする。

 自分の体をなるべく俯瞰的に見て、手足のリーチや身長、体重など相対的に考え脳内で完結する。


「ええ、私はそう簡単には死なない’人間’ですので、全力で来て貰って構いませんよ」

「全……力……」

「はい、全力です」


 何の警戒もせず、長い赤い髪を揺らしながらジグはエーリに向かって行く。

 その隙だらけのジグに対し、エーリは長く黒い髪をさらに長く伸ばし、それを腕に巻きつける。

 巻きつく際は髪のようにしなやかに動いていたが、巻きついた後は柔軟性のある鋼鉄のような材質に代わり、さらに、腕から体、顔まわりと上半身を自分の髪の鎧で固める。


ーー時代級死送人形要素スキル<黒髪騎士/デスウォー>を発動し終える。


 禍々しい、黒い地恵がその髪の鎧の上から溢れ、ただ立っているだけで肌が焼けるような毒のようなものまで発していた。

 さらに、縫われた顔は異形そのもので、人間からしたら違和感しかなく、恐怖心を煽られてもおかしくない迫力を持ち合わせており、殺人鬼と言われれば誰もが納得するほどのものだった。


「さっき……よりも……痛い……よ?」


 一瞬でジグの背後に回り込んだエーリは、二つの長い腕をしならせるように振り払う。要素で強化されたその腕の威力は先ほどよりも桁違いになっているので、流石のジグでも二つの腕の攻撃を受ければただでは済まない。


ーーと、観客からジグの目の前にいるエーリ、審判のエルフ、ジャックスも皆思いは同じだった。

 そして、その攻撃が一切の乱れもなくジグの腹と顔面に一発ずつ、さらに一瞬で腕の体勢をずらしてもう五発追加でジグの体を打ち付け、そのまま宙に浮くと上からエーリはさらに追い討ちをかけ一切の休みをジグに与えなかった。


 そのとてつもない威力の攻撃の連続に観客も沸きに沸き、砕かれた石版から出た土で土煙が上がり、一時闘技場に立つ二人の姿が見えなくなった。だが、そんな視界不慮だろうがエーリには関係ない。

 エーリ達、異種族は様々な感覚が研ぎ澄まされており、人間の何倍も性能が良いので視力などなくとも相手を簡単に捉える事が出来る。


 そのままジグは土煙の中で散々殴られ、腹に突きを入れられるとそのまま転がるようにフィールドの端に到達する。


「どうした?……口……だけか……」


 まだ、生きている事が不思議に思える程の攻撃を与えたエーリだったが、攻撃している最中ずっと嫌な違和感を感じており、結局殴り終えるまでその違和感が取り除かれる事は無かった。


「生きている……んだろう……」


 エーリは、ジグとは少し距離を取った位置で立ち止まる。


「これが、痛み……ですか……久しぶりに思いっきり殴られました……やはりこうでないとっ!」


 ジグは、これまでずっと刑務所暮らしでずっと欲を抑え、抑えられそれに慣れてしまうほどに刹那悠紀を制圧されて来た……

ーーだが、今は違う。

 異世界と言う場所で、ジグ・ルービックとして自由にやれるんだと思うと、その久しぶりの感覚をすぐには終わらせまいというもう一人の自分が体を押さえつけてくる。

 ずっと、脳や体は耐えて来て慣れたと思ってはいたが、本能的には一切変わってなどいないとここに来て実感する。


「やはり……生きていた……かっ!!」


 ジグが起き上がろうと筋肉を動かした瞬間を察知し、それよりも先にエーリはジグの元へ飛びかかり、腕を振り下ろすがさっきまで簡単に捉えられていたジグの体が急に遠くなったような感じがしたが、そんな無駄な思考は取り除き攻撃を続行する。


 しかし、ジグの頭めがけ振り下ろされた腕は体を起こしたジグに握手をするような形で簡単に捕まってしまう。


「ですが、あなたでは少々……嫌、かなり物足りない……」

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