236話 殺人鬼VS少女

ウィルビル=トルマール強制収容所 一階廊下ーー


 広大な土地に作られた強制収容所は、とても広く闘技場までもかなりの時間を要する。

 周りは湖に囲まれており、一つの橋からしか渡ることが出来ないため、逃げ出すのは相当困難な場所となる。

 湖も湖で広大で、深さ広さ共に国一を誇るほどだ。

 闘技場は、そんな広大な土地の一番南にあり、そこからは海が広がり、その先には未開拓の地がある。

 空が見えるほど天井は吹き抜けで、円状に観客席が連なり、闘技場自体楕円形をしている。


 だが、試合を見たいという種族は多く、多少遠くともこの地に足を踏み入れていた。

 なので、強制収容所近くには宿泊施設なども作られており、ちゃっかりと儲けようと企む少し賢い種族もいたりする。


 そんな中、ルタ……改め刹那悠紀は、自分の名を捨てジグ・ルービックとして生きると決めていた。

 そして、目の前を歩く異種族よりも前に驚いた事が一つ……ジグは自分が女性、しかも十代の少女に転生するとは思ってもいなかった。


 せめて、二十代以上の男性かとジグは思っていたが女神はそんな事を一切考慮などしていなかった。


 ジグが転生したのは朝で、突然少女の体に転生したのはいいもののとてつもない疲労感と倦怠感がジグを襲い、昼まではまともに動くことも出来なかった。

 最初はやはり慣れないのか、脳や神経が上手く繋がらず、さらには意識すらも抜けたり入ったりするほどだったので、女神の適当具合が伺えた。体がようやくフィットすると次は中身と、段階を踏んで転生をしていたのでかなりの時間がかかった。

 夕方頃やっと動けるようになり、色々自分の体をいじり状態を確かめていたがかなりの深手を負って死んでしまっていたのでそれ相応のポーションが必要だった。


 仕方なく、ジグは更新されたアイテムボックスからハイポーションの上位互換、アルファベットで表されるアイテムの上、エスケープアイテムのエスケープポーションを使い隣にいた女性に気づかれないよう自分の体を癒したのだ。


 だが、目についた傷と視力は癒えず、相変わらず片方の視力は失われたままだった。幸い眼球は生きているので目を開く事は出来る。


 ジグは途中の道にあったガラスで自分の姿をすでに確認済みで、真っ赤な長い髪を真っ赤なリボン(裏は桃色)で二箇所を軽く束ねており、黒いメッシュが入っている。

 銀色のカチューシャをつけており、身長も、元の世界とは大きく違いかなり小さいがジグはかなり気に入っていた。


 そして、ついに闘技場へ到着する。


「へぇ……大きいな……」

「静かに歩け」


 ゔいるの役目はここまでで、次の役目を持つ種族へバトンタッチする。

 そのまま、ジグは闘技場の中央まで通され、対戦相手が来るまで待っていた。

 審判には昨日同様のエルフがおり、さらに会場にいる種族皆がその姿に驚きを隠せておらず、静けさが漂う。

 それもそのはずで、今観客が見ているのは中身はジグ・ルービックだが、姿形はルタ・レモネードだ。昨日散々酷い傷を負ったにも関わらず、次の日に何事もなかったように来られたら誰でも驚く。


 さらに、村出身ともあるので高価なアイテムも持っているはずがないし、人間の自然回復量では説明がつかない。

 そのような思考が皆の頭の中に流れ、誰も答えを出せず……結果、このような静けさが訪れていたのだ。


 だが、そんな静けさを壊すかのように大きな爆音と共に再びエーリ=ウィークリーが姿を現す。

 その登場の仕方に、ジグはボクシングやK-1のような格闘技を思い出し、懐かしく思う。

 地面につきそうなほどの長い手はまだ燃えており、包帯を巻いてはいるが全く意味をなしていなかった。


「ルタ……レモネード……殺す……絶対に!!!……」


 その派手な入場で湧く会場とは裏腹にエーリはルタの姿をしたジグしか捉えておらず、一切視線を逸らさない。


「ルタ?一体誰の事だい?私は、ジグ・ルービックですよ」

「……貴様……私を……おちょくる……か……」


 エーリの掠れたような声を真似して挑発するジグに対して完全に怒りを露わにし、今にも殺しにかかろうとする気迫だった。


「両者、間隔をあけろ」


 審判のエルフは、二人に指示し規定の位置に誘導する。

 エーリとジグの距離は約三十メートル離されているが、エーリからしてみれば至近距離と同義だった。


「では、準備はいいな?」

「ああそうだ、一つ聞いておきたいことが……」


 ジグはある事を思い出す。


「なんだ?言ってみろ」

「私の目の前にいる方は’人間’です?」

「そうか……そんなに……死にたいか……」


 ジグはこの世界では、人間を殺す事は出来ない。なので、そんな相手を最初から相手にするなど無意味……


「いや、違う……こいつは、ローロンという種族だ」

「そうですか……ありがとう」


 ジグは、確認するとエーリの方へ視線を戻す。

 すると、ジグの二回の挑発で、既にエーリの怒りは頂点を吹っ切っていた。ただでさえ、昨日のルタが与えた傷で恨みを買っているので、何もしなくとも怒りマックスの状態だ、こうなればもう誰も手に負えなくなる。


 OOPARTSオンラインでも、人間以外の種族というのはいたが、基本魔物で敵キャラとして登場していたのでジグからしたら別に特段新鮮味があるわけでもなかった。

 基本、プレイヤーは人間、アバターで他種族というのがあっただけなので、ジグは一応確認を取っておいたのだ。

 そして、人間じゃないと分かったジグ・ルービックを止められる者もこの場には一人もいなかった。


「では!始め!!」


 その様子をエルフも見ており、自分にとばっちりが来る前にすぐに試合を始めさせる。

 昨日の試合を審判であるエルフのジャックス=ベルトは見ているのでただでは終わらないと思っていた。

 手を振りかざしたジャックスの合図と共にエーリは一瞬でジグの目の前まで迫る。


「私は、そういう猪突猛進な方は好きな部類ですが、ちょっと単純すぎやしないですかね」


 姿は少女ルタであるが、もうその雰囲気や仕草、体全ての細胞までジグ・ルービックとなっていた。

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