8章 フレイス連邦国編

ジグ・ルービック 監獄

226話 死刑執行

 死刑囚房通路ーー


 どれだけ、技術が発展し便利になろうとも人には命という期限がある。逆にどれだけ貧困であろうと人間に属していた場合、それは平等に訪れるものだった。

 だが、完全に平等かというとそうではない。

 全員が全員同じ期限というわけではないからだ。


 老衰、病気や事故、自死や殺人など命が尽きる期限も違えば、尽きるまでの過程も人それぞれだ。


 死刑囚房の通路を重い足取りで歩く二人の刑務官は、朝の日差しが差し込む通路まで到着する。

 二人の目つきは真剣そのもので、体内の臓器が躍動し、朝食べたものが出てきそうなほどの緊張感を二人を襲っていた。


 刑務官の一人、永井宗次(ながい むねつぐ)は御歳六十で定年を迎えており、今日が最後の仕事だった。

 六十の割に見た目は四十代並みに若く見え、永井は常にしているトレーニングの賜物だと自負している。

 妻と二人の子供を育て上げ、あとは老後をゆっくりと過ごすだけだが、この時だけはそんなこれからの余裕など一切無かった。


 その向かっている独居房に近づくにつれカチっカチっとプラスチックが擦れるような音がこの狭い空間に意地悪く響く。


 番号が書いてある扉の前に立ち、ゆっくりと独居房の扉を開き、永井は先陣を切ってその男を見やる。


 独居房の角に座るように片目に傷を負っているその男はゆっくりとルービックキューブをいじっていた。

 ただ、いじっているだけならいいが、不可解なのは六面の色を揃えようとするのではなく、ただ何の目的もなくいじっているだけだったという事だった。

 これは、刑務官の中でも有名な話で、誰一人この男が六面の色を揃えている所を見たことがないというものだ。


 結局、刑務官内では揃える気がないもしくは出来ないという二択だろうという結論で終わった。

 そんな話ももう一年も前の事で、その磨り減ったプラスチックを見ると永井も少し懐かしく感じてしまう。


「うっ……」


 張り詰めた緊張感の中、永井と共に来ていた若手の刑務官、信条 登(しんじょう のぼる)はとうとう声が漏れてしまう。

 その声に反応するように男はルービックキューブから視線を刑務官二人に向ける。


「おや?どうしましたか、二人揃って私に会いに来るなんて」


 男が淡々と言い放った言葉は、普段聴き慣れている声なのにも関わらず、二人に重くのしかかる。


「……出房だ」


 永井は、これ以上考えると今後記憶の痼りとして残りそうで嫌だったので、一言静かしげに言う。


 その言葉と同時に、永井と信条はその男の腕を掴むため近づく。

 一歩、また一歩と狭いはずの独居房がなぜか二人には遠く感じて仕方がなかった。

 そして、その一歩ごとにその男はルービックキューブを回転させ、二人が近づき切った時にはすでにルービックキューブを完成させ机の上に置いていた。


 そのまま、立ち上がり何の抵抗する事なく二人の前に立つ。


「行きましょうか」

「……あ、ああ」


 永井は笑顔で言うその男の素直さに人間味を一切感じられなかった。

 大抵の死刑囚の場合、この時点で感づき、自分の運命を悟り、顔面を蒼白にし項垂れたり、大声を出して暴れたりと何かしらの動きがあるのだ。


 だが、この男は永井と信条の二人に両腕を抱えられても表情に一切のほころびも感じられてなかった。


 気づいていないのか、気づいていてその上で精神的に遥かに達観しているのか、永井は様々なことが頭に思い浮かぶがそれすらもこの男の最後の抵抗に見えてしまうので考えを一旦消し、職務に全ての神経を向ける。

 独居房が両側にある通路を歩き、長く薄暗い渡り廊下を通り、真っ白な扉の前に到着する。


 何も書いていないその扉はただの扉とは雰囲気が明らかに違う。


 扉を開け、黒いカーテンで光を遮られた通路をさらに進むと、教誨室の扉が現れる。


 中へ入ると、教誨師や拘置所の所長、検事や総務部長など様々な顔ぶれがあり、祭壇が設けられており男は椅子に座らされる。


「刹那悠紀君。残念だが法務大臣からの執行命令が来た、お別れだ」


 重苦しい空気の中にさらにその何倍にも思い言葉が空間を支配する。


「最後に何か言い残す事はないか」


 そう言われると、悠紀は天井を見上げながら目を瞑る。

 ゆっくりと目を開け、この部屋の中にいる人間一人一人を時間をかけじっくり見つめ、再び最初の位置へ視線を戻す。


 その視線は、異様なもので他の人達にも緊張感が走り、息が上がったような感覚に陥る。

 それほどの眼力があり片目しかないのにも関わらず畏怖してしまうほどだった。


「……最後ですか……私は、最後だとは思っておりませんので特にないです」


 悠紀は机の上に置いてあった水をゆっくりと飲み干すと、それが合図かのように目隠しをされ、それと同時に手錠もかけられる。


 首にロープをかけられ、その作業が行われている間に三人の刑務官は踏板開閉用のボタンを押すため短い廊下を歩いていた。

 今回、最後と言うこともあり永井はその役目を名乗り出ており、真ん中のボタンを担当する。


 他二人はまだ永井にとっては若いのでその重圧からか、指が震え足も落ち着かないのか何度も位置どりを変えていた。


「全く、嫌な仕事じゃ」


 定年を迎えるまでやりきった永井は本当は昨日やめるはずだった。だが、様々な事情が重なりこの刹那悠紀死刑囚の死刑を見届ける事になってしまったのだ。


 これも何かの運……という言葉では片付けられないほどにあの悠紀には何か、見透かされているとしか感じなかった。


 今も、目隠しをして他の部屋にいるはずなのにも関わらず、後ろからスートーカーのように見られている気がしてならなかった。


 ジワリと吹き出る汗が額を通じて唇までやって来た時、その合図がやってくる。


 三人一斉にボタンを押しーー


 刹那悠紀の死刑が執行された。


 

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