128話 格上に対する構え
闘技場中央会場ーー
会場の熱気は最高長になり、気温と湿度の談笑でジワリと汗が滴る。
だが、この汗は熱気だけではない。
目の前にいる彼女がツランの汗の原因八割を担っていると言ってもいい。ツランが帝国内で位置する場所まではかなり時間がかかったが、勿論実力差というのはある。
初対面なのに、何故かあったことがあるようなこの感じ……気持ち悪いものがツランにはあった。
大歓声で、周囲の声など一切通じないが、徐々に歓声の質量が徐々に減っていく。
二人の周りには結界魔法が貼られていき、観客席ギリギリを四人がかりで展開する。
この結界魔法には、観客を守る役目以外にも軽い防音効果も入っている。これは切り替え自由だが、これがないと会話もままならないので今回は入れてもらっている。
「やっと、会話出来そうね」
ツランの目の前にいるキサラギ・ネルが言うと、何か深い意味があるんじゃないかと疑ってしまうが、考えすぎだとツランは言い聞かせる。
でも……本当に綺麗な方……
ツランが女だと言うことを再確認しないと、間違って惚れてしまいそうな程だ。
「今日はよろしくお願いしますね」
「ええ、よろしくね。ツランちゃん」
キサラギは軽く微笑むと、あたりを軽く見渡す。
「もう時間だけど……どうしたのかしらね?」
本来ならもう始まっていておかしくない、だが、一人この場に足りない人物がいる。
周りには、二人のお付きの人間など警備は今帝国一厚いと言っても過言ではないだろう。
警備は準備完了、お客の入りも最高、何か結界に不具合……それもない。
では何か……それは……
「ごめんごめんー!!遅れたー!!」
やっと来た。
「あら……そう言うことね……」
キサラギも納得したように二人の元へやって来る男の方を見る。
そう、本来、こんな国の重鎮を相手にするのにツランでは不相応なのだ。本来、相手になるべき相手、それがこの男だった。
レイ・クラウド帝国最高戦力ーー
レイ・クロ二クス殿下ーー
通称……寝坊魔。
国として表立っては讃え、ちゃんと控えはするが、’歪’の中のリーダーではあるが、皆の雑用係みたいな位置付けになっている。
一度、国王にその場面をみられたことがあったが、息子がこうなら親も親なのか笑っているだけだった。
それが原因か分からないが、次期国王候補は、この人の弟の方が強い指示を受けている。
帝国としては弟の方が何かと使い勝手はいいかもしれないが、このレイ・クロ二クスは、それを抜きにしても化け物だった。
だが、今回はキサラギ様の打診もあってレイは審判役で呼ばれていたのだ。
本当に国のトップとしての自覚が足りなさすぎる。
ツランは違う意味で頭が痛くなるが、もう言っても分からないので諦めいてる。
「ツラン申し訳ない。キサラギもごめんね」
「全然いいわよ。私も無理を言っちゃってるしね」
「いつものことだから別にいいわよ」
ツランはレイの服装を見て再び大きなため息が出る。
「あなた……それ寝巻きですわよね」
「あっ……」
レイ・クロ二クスは自分の姿をみて今気づいたのか、照れ笑いをしながら着替えに帰っていく。
「はぁー全く……」
「大変ですね」
「いつものことなので、もう慣れました」
ツランは本当に、これが公式の場でなくてよかったと安堵する。今回、キサラギは、このイベントに仕事が早く片付いたからと言う理由で参加している。なので、本来はこのスケジュールはなかったのだ。
「ごめんよー二人ともー」
あれから五分、慌てながらレイは戻ってくる。
『おっ!!どうやら準備が整ったようだぞーー!!!』
実況もハルのせいで遅れた時間を何とか場つなぎしてくれていた。
そして、二人は指定された位置に上がり、お互い約三十メートルの間を開け、待機する。
その間に、レイが上がってくると集中しているのかさっきのレイからは想像も出来ないほど落ち着いた、顔立ちになっている。
「それじゃ、始めるけど準備は大丈夫かな?」
「私は問題ない」
「ツランちゃんと同じくです」
「それじゃあルールは……まあ適当にやってもらって後は成り行きでね」
「はーい!」
キサラギは子供のように手をあげ、ニコニコ顔だ。
「ええ」
このルールもかなり適当な感じだが、このレベル帯になると、本気で戦闘し始めてしまうと一週間ぐらい普通にかかってしまう。下手したらそれだけの期間では済まないので、お互い、いい具合のところでどちらかが引くまでという曖昧なものになってしまう。
キサラギは、相手を選ぶ際基本、強い人間を選ぶのだが、今回はレイではなくツランが選ばれた。昨日、ツランはそのことをレイから聞いたが、キサラギは男とは極力戦いたくないという理由で対戦相手を選んだのだ。
ツランはあっちの気があるのではないかと思ってしまうが、本人にそんなこと言えるわけないし、知りたくもないのでこの戦いも早いとこ終わらせたいのが願望だった。
そして、レイが両手を振り上げ、「はじめ!!」という合図で、試合が始まった。
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