126話 目標

「久しぶりユイ」


 三人は、案内されたテーブルで、軽くお茶をしていると、奥から女性が一人現れる。

 ユイは其方の方へ振り返ると、シロネとエーフが知っている、今までの彼女は消えていた。


ーーうーむ……なんじゃこの気っまづい空気は……

 せっかくの綺麗な空気が台無しになるほどにユイとその女性の空気は重い。


「お久しぶりです。お姉様」

「ぶえっ!えっ!!」


 横でエーフが飲み物を吹き出し、信じられないと言わんばかりに二人の顔を交互に見交わした。


「お二方ははじめましてですね。私は、ツラン・ネイトルと申します。まあ、表向きはツラン・カートンという名でやっておりますけどね」


 シロネはツラン・ネイトルと言う名は初めて知ったが、ツラン・カートンは知っていた。

 ツラン・カートン、レイ・クラウド帝国最高戦力、’歪(いびつ)’の一人。この帝国最高戦力というのは家柄は考慮されず、人格と実力のみで構成されており、帝国では讃えられている戦士達だ。


 シロネは名を隠す必要は何だろうかと一瞬よぎるが今はそれよりもユイがこれほどの実力者の妹である事に驚きを隠せなかった。

 それにここまでの力を持つ姉がいるのであれば、ユイは推薦で白聖にも行けたはず。


「まさか、あの臆病なあなたが学園に入学するなんてね。聞いた時はびっくりしたわよ全く」


 ツランは、実の妹と話していると言うのに、まるで他人と会話しているような冷ややかな口調、目つきで、本当に姉妹なのか疑いたくなる程だった。


「私は、自分が行きたい道を行くと自分で結論づけただけです」

「そう……で、その道とはどういったものなのかしら?」

「お姉様を超えます」

「ユイ、考え直しなさい。そんなことは不可能よ」

「嫌……です」

「もう一度言うわ。考え直しなさい」


 一度目よりも、言葉に鋭さが増し、まるで肌が火傷しているかのように空気がぴりつく。関係の無いシロネがここまで感じるということは、ユイはこれの倍以上は感じている。

 半年前のユイなら恐怖で口が開かなかった。


「い、いやです」


 シロネが思った通り、ユイは今にも足を震わせ、何もされていないのに今にも崩れ落ちそうな所をギリギリで保っていた。


「ユイ、あなたは弱い。確かに、学園に入って実力はつけたのかもしれないけど、結局その程度、途中で絶望するのが目に見えているわ」

「確かに、私は姉様に比べて弱いです……例え姉様が学園時代に戻ったとしても、歯が立たないでしょう」


 ユイは震える自分の体を叩き、無理やり抑えこむと姉に向き直る。


「そうね、分かってるじゃないの」

「……ですが、私の性格は父様譲りですから」

「ユイ……あなた……」

「なので、今回の魔導修練祭、私を見ていてください。証明して見せます」


 ユイが力強く言った後、ツランはユイを見た後エーフとシロネに目線を向け、顎に手をやり考え込む。

 一分、二分と時が進むごとに、冷や汗がどんどん落ちて行く。


「はぁ……分かったわ……ユイ。ただし、もし私が納得しなかったら、諦めなさい」

「はい」

「ごめんなさいね。私達のことで空気悪くしちゃって」


 急に方向転換してきたので、シロネはただ首を縦に振ることしか出来なかった。

 だが、横にいたエーフは違った。


「ユイちゃんは強いですよ!!!」


 急に、今度はエーフは高らかに宣言する。

 それを見たツランは一瞬エーフを目を細め睨むように見つめる。


「あなた、名前は?」


 ツランはぐいっとエーフに顔を近づける。

 笑顔なのにまったく笑っていない。


「わ、私は!ユイちゃんの友達のエーフと言います!」

「そう……いつもありがとねエーフちゃん。ユイが世話になって」

「い、いえ。私の方がいつもユイちゃんに迷惑かけてばっかりなので……お世話だなんて……えへへ」


 なぜか、エーフが照れており、ツランの圧をその一瞬の想像でエーフは吹き飛ばしてしまった。


「そちらの子は?」

「わしは、シロネじゃ。よろしくの」

「よろしくね。シロネちゃんには本当にお世話になってそうね」


 少しからかうようにツランはシロネに言う。

 シロネもその意図を感じ取り、あまりいい気はしなかったがユイとエーフの手前だったのでグッと堪える。


「ツラン様。そろそろ、準備の方に入る時間でございます」

「そう、分かりました。ごめんなさいね、本当はもっと喋っていたかったんだけど、もう直ぐ出番なの」

「じゃ、そろそろ行くかのユイ」

「うん」

「そうだね」

「それでは、姉様。約束忘れないでくださいね」

「分かってます」

「では、これで」


 三人は、メイドに連れられて出口まで案内してもらう。

 そのまま、闘技場の観客席まで特に何か話すことなく向かうと、さっきまで外にいたであろう客が入り、声援や演奏など、とんでもない賑やかさになっていた。


 何とか席を確保し、観戦モードに入る。


「すごいねこの人!」

「うん……すごすぎる……」

「もうちょっと穴場なスポットに行けばよかったかのー」

「多分、この次のイベント目当ての人が殆どだと思うよ」


 ユイにそう言われイベントのラインナップを見ると、シロネも納得する。


『さあ!!次のイベントは!!何と何と!!あのセイルド聖王国最強の女性!!バーサクヒーラーの異名を持つキサラギ・ネル様と我らがレイ・クラウド帝国最高戦力、’歪’の一人ツラン・カートン様との戦いだー!!!』


 実況の人が、辺りの声援を覆い尽くすほどの大きさの声で、怒鳴るように、叫ぶように言い放つ。

 帝国最強の兵と聖王国最恐の兵のぶつかり合いなんて、そうそう見られるものじゃない。もちろん、二人とも本気でやる訳ではなく、パフォーマンスの一部だが、それでもルーエを払ってでも見たい代物、見世物としては最高だ。


「楽しみですね」


 隣で、エーフは目を輝かせながら見ている。


「そうじゃな。ユイにとっちゃ目指すべきものじゃ、しっかり見ないといかんからの」

「うん。参考にする」

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