80話 悪技

 ゲルルージはゆっくり確実仕留めるためかアギトの元まで近づく。

 アギトは意識はあるが、手足は痺れ動きそうも無く、口も傷だらけで使えない。

 今更になって蓄積していた傷の痛みや痺れなどが押し寄せ、いつでも意識の電源をオフにする事が可能だった。


 アギトは心の中で何度も悪態をついたものの戦況は全く変わらない。


 これだけのダメージを負わせてなおゲルルージは一切の警戒心を解かないしバルトへの注意も外さない。

 その姿はまさに戦士そのものでそこらの冒険者とは比べ物にならない程洗礼されている。

 魔法やスキルに頼るだけでなく己の体を使った攻撃にも長け、そこを磨き続けているその姿勢にアギトは感服していた。


 アギトはゲルルージとの距離が残り二十メートル付近になった頃、諦め目を瞑る。これ以上抵抗は出来ずしたところでどうにかなることはない。


 人間死を覚悟するまでには時間がかかるものだが死を覚悟してからは意外とすぐに受け止め受け入れられる。

 アギトはこの年齢でそう今身をもって実感する。


 出血多量で意識も朦朧とし始めもうこのまま放置でも死ぬのでは無いかという感覚にまで陥るが、結局多量出血で死のうと首はねられて死のうとあまり変わらない。


 耳から聞こえる足音でゲルルージの大体の位置を把握し未だにあのゆっくりとしたペースで近づいて来るのをアギトは確認する。


「に……い……ちゃ……ん……」


 アギトはバルトの声を聞きもう殆ど動かない体に言い聞かせ何とか首だけをバルトの方へ向ける。するとバルトは何か言いたげに口を動かしていたが後の言葉を聞き取ることは出来なかった。


 さっきまで完全に諦めていたアギトだったが、バルトの一声で気力を取り戻し、若干だが、心の余裕も出てくる。

 表情筋がピクピク動き自然と笑顔になる。アギトは自分の顔がぐちゃぐちゃなのでもうどんな表情かもよくわからないがまだ死ぬわけにはいかなかった。

 バルトは半目を開けそのまま気絶したように白目を向いていた。

 最後の最後気力を振り絞り、抽出した意識をアギトに向けたのだ。

 

 アギトは首の位置を再び上に戻し空を見る。

 日は落ちる寸前……光と闇が入れ替わる間近、赤黒く染まる空は何とも幻想的でさらにはアギトへ活路を与えてくれるものとなる。

 もうすでに日は落ちており、赤という色は本来あるはずの無い色だった。

 アギトは目を見開き空を見据えゲルルージも異変に気付いたのか空を見上げている。

 上空にあるそれはもう既に落下して来ている最中であと二十秒程で到達する。

 恐らくバルトが放ったその魔法は空の半分以上を覆う程の大きさで太陽のような火属性が固まった球体だった。

 所々で爆発が常時起こっていて辺りの温度は魔法が近くなるほど上昇していく。


 ふと……ゲルルージの様子が気になったのでアギトは首を捻り見てみると、ゲルルージは上を見ながらさっきまでの警戒心はなくなっており、ただバルトの魔法を見てどこか笑っているようなそう思える表情を見せていた。


 すると落下するバルトの魔法に目掛け、ゲルルージは四足歩行に戻りさっきアギト達に放ったスキルを放つ。あの威力に加えてさらに闇属性を衝撃波に混ぜる。


 真っ黒に染まった衝撃波はバルトの魔法とぶつかり合う。


 しかし……

 放つまでの轟音が搔き消えるように辺りは静まり音もなくゲルルージが放った衝撃波はバルトの魔法によって食べ物を咀嚼するように胎動しゆっくりと飲み込まれる。

 バルトの魔法はさらに面積が増加する。


 だが、アギト達が諦めないようにゲルルージも微塵も諦めていなかった。

 魔物は本能的に自分よりも弱者としか相対しない。なので逆転されるというのが稀で魔物は大概対応出来ずそのまま駆逐されることが多い。

 しかし、この魔物、ゲルルージだけはその稀な事を何度も経験していた。

 アギトは体の一部を何とか動かしありったけの身体強化系魔法を自分に付与する。

 アギトの身体強化系魔法は持続時間が短い、なので実践で強者との戦闘時使い物にならないことが多い。


 だが、この瞬間は別だった。

 刹那ーー

 ゲルルージは地を思い切り踏み込み一瞬でバルトの元へ移動し肘を引き爪でバルトの喉元を狙う。


 どんな強大な魔法やスキルでも使用者が死んでしまえば全て水の泡となる。永続系の魔法やスキルもあり全てに適応するわけでは無いが、それでもこっちの確率に賭けた方が断然有利だった。

 ゲルルージは目一杯に肘を引きそのままの勢いでバルトの喉元を引き裂こうと腕を伸ばし爪が当たる瞬間ーー


 バルトの体が一瞬で燃え広がり体全体を火が覆う。

 それはまるで火の服でも着用しているかのようでその火の衣に爪が触れた瞬間魔物の爪が溶け始める。

 これには予想外のことでゲルルージは一瞬躊躇い一旦距離をとるがもう遅かった。


 バルトの放った魔法は既に目と鼻の先にある。そのままゆっくりと飛来し魔物や草木、地面さえも焼き尽くしながら着地する。アギトとバルトは火属性なので火傷や温度差を殆ど感じずダメージはあるがこの魔法は火傷、燃焼させることに特化しており感じる痛みは日焼けした背中を思いっきり叩かれる程度だった。


 そして、ゲルルージを焼きながら辺りは真っ赤に染まり地面は焼け溶け、木々は一瞬で蒸発してしまう。


「グガァアアアアアア!!!」


 ゲルルージは悲鳴を上げ焼けていく体を抑えながら悶える。皮膚が溶け落ち中の筋肉を焼いていく光景は見るも無残でとてもじゃ無いが直視出来ない。


 だが、その瞬間ーー

 さっきまでこの一帯を覆っていた温度が突然通常の温度まで一気に下がり、燃えていた火が全て消え去ってしまう。

 あまりにも一瞬の出来事でアギトは目を疑ったが、その中で一番初めに動き出したのはゲルルージである。

 焼けただれた体など気にもせずバルトを確実に殺すため一瞬で移動する。

 そして、両腕を振り上げ爪には全ての魔法を凝縮した禍々しい闇属性のオーラを纏いバルトを狙う。

 バルトのさっきまで纏っていた火の衣は消え去っていた。

 さっきまで意識が無いようであったバルトもこの自分の魔法の少量のダメージで気絶し、意識が断たれ魔法が消えてしまったのだ。


 だが、逆にそれがアギトへのチャンスとなった。

 アギトは落ちていた斧を拾い上げながらゲルルージに迫る。


「これで終わりだぁああああああ!!!」


 ありったけの天恵を使用し、十以上の付与スキルを斧にかけ、全力で振りかざしアギトは振り上げられた隙だらけのゲルルージの両腕を切り落としそのままの軌道で首も一緒に叩き斬る。


 だが、首は相当硬く途中までしか刺さらず、アギトは斧から手が離れ、そこで体力が尽きたのかそのまま気絶しながら倒れこむ。

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