68話 口内


 バルトとトレインはお互い利き手の拳からぽたぽたと蛇口から滴る水泡のようにたれている。

 二人共痛みが酷いがアイテムは使えないし、バルトは回復系スキルや魔法は持っていない、相手のトレインはバルトよりはダメージが少なく見え、力の差が一回の攻防で出てしまった。


 バルトは力負けしたことに若干の劣等感と強者への愉悦が入り混じりさっきまでの痛みが引いていく。

 興奮で傷の痛みが脳に伝わる前に切り落とされている。


「ガッハッハ!良い拳だバルトよ。流石だな」

「その上を行くあんたの拳の方がよっぽどだと思うぜ!」

「ガッハッハ!!そうだろ俺は力には定評があるんだよ!!」


 その刹那ーー


「くらいやがれ!!」


 トレインが油断した隙を狙いバルトは大きく後ろに跳ぶ。闘技場の中央から端までの大跳躍。

 

 そして後方へ跳んだ瞬間すぐさまバルトは火属性魔法<火焰輪/ファイヤウィール>をトレインとその周囲一帯めがけ放つ。

 この魔法は広範囲に狙った場所一帯を火の海にする。例え有機物がなかろうと最大三十分は燃え続け、直接触れれば確実に大火傷になり温度は三百度を超える。

 バルトの放った魔法は油断していたトレインに突っ込みトレインを飲み込むような形で周囲もろとも焼き払った。

 

 魔法がトレインに直撃した後も大きな火柱を上げ燃え続ける。そのせいでバルトは肝心のトレインの姿を捉えることが出来ない。


 だが、バルトはこれでやれるとなんて微塵も思っていなかった。今回このレベルの魔法でどの程度効果があるのか調べたかった。


 そして、揺れる二メートル以上の火柱の一本に人影が映るーー真っ赤な火の中に黒い影はよく目立つ。


「ガッハッハ!良い奇襲だったぞ!」


 相変わらず会場に響き渡る馬鹿でかい声でトレインは喋る。

 トレインは何事も無かったかのように火柱を潜って出てくる。周りにある火など一切目もくれず、バルトしか見ていなかった。


 バルトは余裕そうな表情のトレインを見て久々の強敵で心が踊る。

 火を潜ったはずのトレインをよく見ると全身が水で濡れており、バルトは不思議に思う。

 だが、バルトはトレインに何かあるとは思ったがそれよりも足が先に動き出していた。


「今度は範囲ではなく一点集中!」


 バルトは右手を前方に突き出し人差し指と親指を立て左手で右腕を支え膝を曲げる。

 火属性スキル<火爆旋条銃/ファイヤライフル>をトレインの額に照準を合わせ放つ。バルトの指先から放たれた火の弾丸はトレインの額めがけ直線を描きながら狙った場所と寸分狂わず飛んでいく。


「うがっ!!」


 トレインは火柱から出てきてまた油断しており、今度は確実に当たったところをバルトは視認する。


 トレインは額に火の弾丸が当たった反動で上半身を後ろに反らせる。


「いっでー!!」


 口ごもった声でトレインは叫ぶ。

 このスキルは額を撃ち抜くものではなく、狙った場所に当たった瞬間爆散するもので、下手したら狙った箇所が吹き飛ぶ程の威力を持つ。


 だが、一向にトレインに放ったはずのスキルが爆散しない。


「ガッハッハ!バルトは油断を狙うのが上手いなぁー!」


 また口ごもった声で言い、トレインは上体を起こす。

 さっきまでならこのトレインのお世辞に言い返していただろうが、トレインが口に咥えているものを見てバルトは声を出せなかった。


 トレインはバルトの放った火の弾丸を歯に挟み咥えていたのだ……


 爆散する筈の弾丸はまだ燃えているが水泡に包まれており弾丸は無力に等しかった。

 そして、トレインは再び上体をさっきより更に深く反らす。


 バルトは瞬時にトレインが何をするか悟り、悟るのと同時に回避行動に移る。

 右へ大きく飛び込む形で前転するが、無理矢理に回避したので雑になる。


 トレインは上体を勢いよく起こしきった瞬間、口に咥えていた水泡に包まれた弾丸の一部を解放し、力の行き場がなくなっていた爆散する力を使いバルトの放ったのと同等の威力の弾丸を放つ。


 その火の弾丸はバルトの足を掠めて闘技場の壁へめり込む。観客席のギリギリのウタゲとシェルが張った結界がある場所まで進み、そこで弾丸が静止し爆散する。


「ガッハッハ!!どうだ俺の弾丸は!」


 爆散した風圧で、このフィールドに乗っている砂が吹き荒れる。

 トレインの思いつきのような攻撃には流石のバルトも驚きを隠せなかった。


「む、どうしたそんな驚いた顔して!」

「はっ!緩い弾丸だな!」

「ガッハッハ!そうでなくては面白くない、今度はこちらからいかせてもらうぞ!!」


 トレインは両手を地面に触れる。


「ガッハッハ!!土属性スキル<土砕流/デブリフロウ>」


 スキルを発動するとトレインの触れた地面に巨大な魔法陣が出現しそこから津波のような土の塊がバルト目掛け襲いかかってくる。

 このフィールドは石で出来ているがそんな事は関係無いかというように、石ごと飲み込み天井の高さに匹敵するほどの範囲だった。


 バルトは、横に逃げるかスキルか魔法を放つかで一瞬迷い、さらに視線をその土の津波に数秒持って行かれてしまった。


 その瞬間ーー

 トレインがバルトの方にに走り込む。

 バルトは遅れて気づき、スキルを放つのを止める。自分で自分のスキルに突っ込み、玉砕覚悟の突進を敢行する。


 バルトが今スキルでも使っていたらその硬直時間を狙われ避けることが出来ずに直接ダメージを受けるところだった。


「くぅ!早すぎだろ!!」


 見た目からは考えられないほどの速度で走ってきており、バルトはトレインに愚痴を吐きながら、回避行動に移る。


「ガッハッハ!!どうする!バルトー!!!」

「ちぇっ!!しょうがねぇ。あんまりこの回避はしたくないんだが……」


 バルトは両手を地面に付け、さっき放った火属性魔法<火焰輪/ファイヤウィール>を今度は自分の真下に目掛けて放つ。

 出力された火属性魔法<火焰輪/ファイヤウィール>によってバルトは上空に放り出されその勢いのまま天井にぶつかりトレインが放ってきた弾丸のようにめり込むと、そのまま突き破ってドーム状の天井に降り立つ。


 ここまで結界は張ってないのかよ……

 バルトはそう思ってこのドームの縁を見るが、バルトがぶつかった部分だけ結界が破壊されており、他の部分は正常だった。

 そして、そのまま闘技場の下を覗くとさっきとは打って変わり土砂が闘技場の半分以上を埋め尽くし、砂漠のようなステージになっていた。

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