47話 1回戦

 抽選後、アキトは一人寂しく部屋の隅で涙を流していた。

 アキト以外の人はハイタッチを交わし同じブロックになれたのを喜び合っている。


 アキトだけAブロックで、他の人達は全員Bブロックという偶然を引き当てた結果である。

 気まづそうなエルが何か言いたそうにアキトに近づく。

 後ろではバルトとシロネが笑いを堪えているのが見える。


「俺のことは気にするなエル……一人は慣れてるから」

「決勝で会おうねーー」


 そう言うとアキト以外の全員がBブロックの会場に行ってしまう。

 いざ、一人になると辺りは静まり返り、その静けさが悲しみを運んでくる。


 アキトはアイテムボックスからOOPARTSオンラインの時作ってもらったトマトジュースを取り出しちびちび飲む。

 恐らく、移動が完了したのか。それぞれの控え室にアナウンスが入り、トーナメント表が各控え室にある「物体鏡/セルミラー」というアイテムに映し出される。


 Aブロックにはアキトの他にハヤトの名前もあったが当たるのはブロックの決勝だ。

 どうせならブロックが違った方が熱い展開だったなぁと思いながらアキトはトーナメント開始まで時間があるのでどうやって時間を潰そうか考える。


 闘技場までのさっきまでの道を途中で右に逸れ、受験生の観戦スペースまで移動する。

 一回戦からハヤトの試合なだけあって受験生用観戦スペースにも人が結構いる。


 選手はもう入場しており、闘技場の中央で審判に説明を再度されているところだった。


 あと、十分後に開始するので、アキトはトマトジュースを飲みながら隅の空いてるスペースに座る。


「やっぱりうまいな……」

 アキトは感嘆を漏らす。


 このトマトジュースはアキトがOOPARTSオンラインの結社<クラン>にいた頃に、庭で栽培していたトマトで作ったものだ。

 最初はバフ効果などをつけようかとも迷ったがそれを付けると味が悪くなるので止めた。


 そんな懐かしさに浸りながらトマトジュースを飲み終えゴミをアイテムボックスにしまうとちょうどトーナメント一回戦が始まろうとしていた。


 一人はハヤトで、もうひとりは貴族のカーブル・トイだ。

 細身で体同様細い目が特徴的、前歯が出ており茶色の短い髪に、短剣を携えている。


 カーブルはハヤトを恨みがあるかのように睨みつける。

 何かやられた過去でも持つのだろうか……

 アキトはカーブルの表情を見て、思う。


 ハヤトはカーブルに対し何にも持っておらず素手だ。

 いくら睨まれようとなんの動揺もない綺麗な公爵スマイルで表情を一切崩さない。

 多分相手が睨んでいる理由はそこだろう。


「さぁあああやってまいりましたー!!Aブロック二次試験トーナメント第一回戦はなんとあのゾルデ公爵家の末っ子ハヤト・ゾルデ選手だー!!!!」

 「「「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」


 実況のハイテンションな声が闘技場に響き渡ると歓声もさっきより熱を増す。

 女性の声も響くのが良くわかるくらい歓声の女性率が高かった。


 闘技場の後方には控え室にあった「物体鏡/セルミラー」の巨大バージョンに、トーナメント表が映し出されていた。

 AブロックだけではなくBブロックの方のトーナメント表も映し出されており、進行状況が分かりやすくなっている。


「今日の来賓席にはゾルデ家当主ガルド・ゾルデ公爵様に足を運んでいただいております!」


 大きな歓声がまた響く。親に試験を見られるなんて貴族様は大変だなぁとアキトはぼーっと考えていた。


 来賓席には他にも多くの貴族等それに属する人達が座っている。


「対しますわぁあああ!!えぇーっとはい!貴族のカーブル・トイ選手ですー!!!」


 ハヤトよりは小さいが歓声が上がる。

 流石に公爵と貴族では格が違いすぎる当然の反応だろう。


 そして、紹介のあった両者は向かい会い二十メートル程離れる。そこが初期位置。審判が両者を見交わし、右手を振り上げる。


 その振り上げた勢いのまま、手を振り下ろす。


『始め!!!』


「試合開始だぁあああああ!!」


「「「うぉおああああおおおおお!!!」」」


 始めの合図と共に両者は後ろに下がる。

 カーブルはそのままアイテムボックスからマントのような布製の自分を覆える程の大きさのアイテムを取り出し本当にマントのように装着する。


 この試験では三つだけアイテムを使うことが可能だ。


 事前に試験官の厳重なチェックが入る。

 さらに明らかなアイテムによる差が出ることも考慮してアイテムのランクには制限もある。


 武器は学園からの貸出用のみ使用可能で、数にも制限は無い。


 アイテムで言うと一番回復系のポーションが無難だろう、回復できるアドバンテージは大きい。そうなると自分で回復魔法や回復スキルを使える人はアイテム選びに幅が利くので有利に働く。


 アキトもアイテムは持っていくつもりだが、ランク制限があるので結構適当に選んだ。負けてもいい試合なのでそこまでしっかりとは選んでいない。


 カーブルはその布を自分を覆うように被ると姿が見えなくなる。

 アイテム「見えざる布/インビジブルカーテン」、このアイテムを身につけている間、姿見えなくなる。だが、時間制限がり、ランクの低いアイテムなので粗が目立つ。


 もっとランクが高いものだと、つけている間はずっと見えず、音、匂い、感覚などあらゆるもの遮断することができ、かなり強力になる。


 だが、低ランクだからと言って決して侮ることができるアイテムという訳では無い。


「おーっとカーブル選手が消えたぞ〜!!」


 ハヤトは相手が消えたにも関わらず一切表情一つ変えず、笑顔のままその場から動かない。

 カーブルはその隙だらけのところに短剣を次々と投げ込む。短剣は「見えざる布/インビジブルカーテン」に隠されており、そこからハヤトの周りを周りながら様々な角度で短剣を取り出しては投げるという行為を繰り返す。


 その投げられた短剣は確実にハヤトの急所に直撃して本来なら倒れているはずだ。しかし、さっきから無我夢中に短剣を投げていたカーブルも気がつく。


 そう、短剣は当たっているのにも関わらず一切の傷、ダメージを負っていないのだ。

 投げられた短剣はまるでおもちゃのようにハヤトに当たってはそのままハヤトの体をつたい地面に落ち、さっきから投げた分の短剣が地面に転がっている。


 その事でカーブルは頭がいっぱいになり、自分の上空で魔法が展開されている事に気づいていなかった。


「つまんない」


 そうハヤトが呟くと、上空から大量の水がカーブルに押し寄せる。

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